「なりたかった自分」と現実とのギャップ。フリーランスが少なからず抱える悩みへの回答は~映画『来し方 行く末』~
やりたい仕事があった、なりたい自分があった。でも現実は思いどおりにいかず、糊口を凌ぐために始めたことが結局仕事になっている。フリーランスの中には、そうやって今の仕事に行き着いたという方がごまんといるのではないでしょうか。
中国映画『来し方 行く末』(4月25日公開)の主人公・聞善(ウェン・シャン)は、まさにそんな男性。大学院を出たあと、脚本家を目指すも商業デビューできず、葬儀場で読まれる弔辞の執筆で報酬を得て暮らしています。気づけば40歳目前。エンターテインメント業界で華々しく活躍するはずだった理想の自分と、今の自分との大きなギャップ。その現状に抗うわけでも、諦めるわけでもなく、ただ年を重ねている。そんな彼が、弔辞を執筆するために、故人の関係者に話を聞き、それぞれの人となりや生き方、人との関わり方などを丁寧に探っていく中で、自分の人生についても見つめ直していくというストーリーです。
今の仕事に、需要も適性もあるけれど

聞善の習慣は、動物園の一角に腰をかけ、そこを訪れる人々や環境を観察すること。以前は葬儀場で同様に“観察日記”をつけており、その縁で弔辞を書く仕事を請け負い始めたという設定です。
会話のキャッチボールがゆっくりで、話し相手へのリアクションも薄い聞善は、コミュニケーション能力に欠くのではないかと心配になるほど内向的に見えます。でも、彼の弔辞は評判が良く、依頼が絶えません。返答がゆっくりなのは、おそらく相手の気持ちをちゃんと咀嚼しようとするからで、リアクションが薄いのは、きっとノリで相づちを打つタイプではないから。こちらが言葉にできない感情も拾ってくれそうで、仮に自分が取材を受けるなら、話し上手で社交的な人にぐいぐい引き出してもらうより、彼に話を聞いてもらいたいと思うような空気をまとっているのです。
故人に対する印象や感情は、関係性によって人それぞれ違います。取材相手が変わるたびに異なるストーリーが語られる中で、聞善は故人の人物像を丁寧にすくい上げ、文章をつむいでいく。そのため、弔辞1本を仕上げるのにかなり時間がかかるのですが、葬儀場に勤める友人から「効率を上げろ」とせっつかれても、頑として仕事のプロセスは変えません。生活のためとはいえ、そこは物書きとしての矜持があります。

需要もあるし、適性もある。あとは置いてきた夢と、どう折り合いをつけるかだけ。
他者の人生は丁寧に掘り下げる聞善も、自分自身の人生は偽ったまま、先を綴ることができずにいます。故郷にいる家族には「ドラマの脚本の仕事が順調」だとウソをついており、長い間、帰省もしていません。そんな聞善を見守る同居人の不思議な男・小尹(シャオイン)は、いつもあきれ顔。大学院まで出してもらったのに生活が不安定なんて面目ない、老いていく親を心配させたくない。そんな聞善の気持ちが手に取るように分かるというフリーランスも多いことでしょう。聞善は果たして、自分の人生の物語の続きを書き始めることができるのでしょうか?
異なる2つの仕事を続ける葛藤
本作の監督・脚本を務めた劉伽茵(リウ・ジアイン)さんは、1981年生まれ。聞善と同世代で、先日インタビューした時、彼のことを自分の分身のような存在だとおっしゃっていました。
劉監督は中国の名門映画大学・北京電影学院を卒業。2005年長編映画デビュー作『牛皮』(原題)が第55回ベルリン国際映画祭で受賞するなど、しばらく中国のインディペンデント映画の世界で活躍しました。その後、母校で教壇に立つようになり、現在は脚本制作を教えています。この『来し方 行く末』は、2009年『牛皮2』(原題)以来、実に14年ぶりの新作。当初の夢とは別の道に進んできたところも聞善と似ています。
クリエイティブな映画監督・脚本家という仕事と、学生に教えるという仕事では性質が大きく異なります。物事を明確にしなくてもいい創作という行為と、そんな創作の方法を学生に理解してもらえるよう明確に伝える教員という仕事は、脳の全く違う領域を使うとおっしゃっていました。20代、30代の頃は、どちらが1つを選ばないといけないと思っていたそうですが、ここ数年で折り合いをつけられたとか。「両方の脳が鍛えられた。物事を明確に伝える力が、創作の上で自分の強みになった」と語っていましたが、そう思える境地にたどり着くまでには時間がかかったそうです。

監督が「自分にそっくり」と語る聞善の仕事ぶりは、最近流行りの「タイパ」の逆をいきます。丁寧に聞き取っても、その“素材”を使うかどうかは分からない。でも、確実にその人の仕事の厚みが変わる。同様に、折り合いをつけるまでに経験した苦しみや葛藤も、すべて糧になっているはず。折り合いをつけることは妥協ではなく、新しい段階の入り口に立ち、再びアクセルを踏み込むための一歩なのだと感じました。
自分の能力を生かし、まだない仕事をつくるとしたら…

聞善がやっている弔辞の執筆という仕事ですが、実際は中国にそんな職業があるわけではないそうです。今から10年ほど前、監督が1人で葬儀場にいた時、「ここで働けないかな?」と考えたことがインスピレーションの源だそう。「自分は文章に対して敏感だし、書くことが得意。その能力を生かして、ここで働くとしたら、どんな仕事ができるだろう?」。そうして思いついたのが、弔辞の執筆だったとか。劇中で聞善に振り込まれた弔辞1本のギャラは4000元(約7万8000円)でした。これが高いか安いかは、ぜひ劇場で聞善の仕事ぶりを見て、判断してください。
『来し方 行く末』
4月25日より東京・新宿武蔵野館、シネスイチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国で順次公開
公式HP:https://mimosafilms.com/koshikata/
配給:ミモザフィルムズ
©Beijing Benchmark Pictures Co.,Ltd
新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
SNS:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/

