母にしてくれてありがとう
2008年12月、娘が誕生した。約20時間の陣痛に耐え、対面した時は不思議な感覚だった。
10ヶ月お腹にいた赤ちゃんがここにいる。
カンガルーケアでのずっしりとした重さは何とも言えず忘れられない。
そして感激で涙が止まらなかった。
やっと会えたね。この子を命をかけて一生守っていこう。
我が子を抱きしめながらそう誓った。
2001年7月、私達は結婚した。夫とはいろいろありながらも、一緒にいたいと思った。
当時まだ仕事が楽しい時期で、赤ちゃんは『できたらいいな』くらいしか考えていなかった。
2003年12月、体調不良が続き病院に行くと妊娠していた。
その時は嬉しさと不安でいっぱいだった。まだ6週目だったのに、嬉しすぎて両親や友達にも報告しまくってた。マタニティーズハイだったのかもしれない。
同じ頃、同僚2人も妊娠が分かり「3人は同級生だね。楽しみ🎶」と一緒に喜んでいた。
年が明けて2004年1月4日、朝からお腹が痛かった。冷えたかなと思いつつ温かいお茶を飲む。
しかしどんどん痛くなり、トイレに行くと出血していた。一気にパニックになり涙が止まらない。
病院に電話すると「すぐ来てください」との事。
夫に付き添ってもらい病院に行く。
診察してもらったら、赤ちゃんは大丈夫だと言われ一安心。
念の為、入院してと言われ夫には帰ってもらった。
1人になると急に不安になる。そしてまたお腹の痛みが…
夜には気が遠くなるほどの痛み。一瞬気絶したような感じになり、目が覚めるとお腹の痛みが引いていた。
あれ?よくなったかな?トイレに行ってこよう。
トイレに行くと大出血した。びっくりして看護師さんに伝えるが、もう遅い時間だから診察できないと言われる。
この時もっと強くお願いすればよかったのに何故か「そうなんだ」と納得して就寝。
次の日診察してもらうと案の定、赤ちゃんはお腹にいなかった。大出血とともに流してしまったのだろう。
赤ちゃんがいなくなった。
ショックで頭がボーっとして何も考えられなくなった。
夫に泣きながら電話する。
「ホントにホントにもうダメなのか?」
もう赤ちゃんはいないよ。悲しくてうまく言えず、うなづくだけだった。
その日のうちに子宮を綺麗にする手術をするので、夫と母親に来てもらう。
夫の顔を見ると涙が止まらず号泣。
ごめんなさい、お父さんにしてあげられなかった。
そう思うともっと涙が止まらなくなった。
手術後は少し休んだら帰っていいよといわれたので、夫とともに帰宅。
その日は重苦しい雰囲気のままだった。
「今はゆっくり休もう」
夫の優しい言葉に救われた。
何がダメだったんだろう。
仕事で動き回ったから?温泉に入ったから?
調子に乗って、早々とベビー服とか見に行ったから?
ぐるぐる考え、自分を責めてしまう。
ごめんね、ちゃんと産んであげられなくて。
その日は考えすぎて、布団に入っても全く眠れなかった。
その後も定期的に産婦人科に行き、「まずは基礎体温を計って、タイミング法から始めましょう」と言われ、毎日計り記録する。
他にも漢方薬と排卵誘発剤を飲み、本格的に不妊治療が始まった。
排卵日には仕事を抜けて病院に行き、注射も受けてきた。この注射、めっちゃ痛い。
それでもうまくいかず、毎月生理が来る。
その度に落ち込み、夫にも八つ当たり。
排卵日の夫婦生活も義務のようになり、何だか疲れてしまった。
治療を始めて3ヶ月ほど経った頃、先生から「人工受精をやってみましょう」と言われた。
仕事前に病院に行き、人工受精をしてもらう。
今度こそ!と願うもまた生理が来てしまう。
飲み薬、注射、人工受精といろいろやってもうまくいかない。
その度に泣いて八つ当たり。もう疲れた。
気づけば治療を始めて2年経っていた。
うまくいかない治療を続けるのか悩み始めた頃、夫の転勤が決まった。
赴任先は福井県敦賀市。期間は2年間。
仕事を辞めるのは残念だったけど、夫についていきたい気持ちだった。
不妊治療もこれを機に一旦休もう。福井生活を楽しもう。
夫と話し合い、仕事も治療も辞め、ちょっとゆっくりする事にした。
敦賀での生活は最初こそ慣れなかったが、次第に楽しくなり、2人でいろんな場所に出かけた。
2年間という決まった期間だった事もあり、福井県内もちろん、関西にも割とすぐ行けたので、滋賀、京都、奈良、大阪と休みの度にどこかへ出かけていた。
友達もでき、ランチに行ったりお出かけしたりと楽しんだ。
敦賀に住んでた頃は、今でも楽しかった思い出がたくさん記憶に残っている。
敦賀生活もすっかり慣れた2008年2月。
不正出血があり近くの産婦人科に行った。
診察してもらったがとくに異常はなくて一安心。
でも先生から「あなた子どもは望んでないの?」と聞かれ、以前不妊治療していた事を伝えた。
「そう治療はお休みしてるのね。でももう結構いい年だし、今回注射1回してちょっと頑張ってみたら?」と言われ、あまり乗り気ではなかったけど注射を受けた。
2008年3月。気づけば生理が遅れてる。基礎体温も高い。
半信半疑のまま先月行った産婦人科へ。
検査してもらったらなんと赤ちゃんが!
夫と一緒に手を取って喜んだ。が前回の事もあるので、誰にも言わずしばらくは安静に大事にしていた。
心音が確認されてしっかり妊娠が確定してから両親、義両親に報告。
どちらもとても喜んでくれた。
それからはつわりに悩まされ、大食いの私が全く食べられず妊娠前よりも痩せる。
時々お腹が痛くなると心配になり、すぐ病院に行った。
先生からは「そんな心配しなくても大丈夫だよ」といわれたけど、またお空に帰ってしまわないか毎日心配だった。
つわりは7ヶ月くらいまで続き、終わったら食欲増進で太り過ぎないように注意される。
元々太っているので食べ過ぎないよう気をつけ、野菜中心の食生活を心がけた。
出産は里帰りせず、敦賀で産むことに決めていた。
母親とはあまりいい関係ではないこと。
里帰りしたらきっと今以上に関係が悪くなることが目に見えていたので、夫と2人で頑張ることにした。
出産予定日近くになる頃お腹の赤ちゃんには、1人でいる時に生まれるのは不安だったので「パパがいる時に生まれてきてね」とずっと話しかけていた。
出産予定日。0時過ぎた頃から、急にお腹が痛みが強くなる。痛みの間隔を計ったら10分くらい。
夫には「そろそろヤバいかも」と言った途端、一気に破水。
病院に電話してすぐ向かった。
それからは長い陣痛との戦いだった。
夜が明けて朝になってもまだ生まれない。
痛すぎてご飯も食べられず、水分も取れなかった。
その間もずっと夫は背中をさすったり、腰を押してくれたり。
夕方になる頃にはもうだいぶ疲れてしまい、看護師さんにどんな感じかと聞いたら「今日中には生まれないかもね」と!
この痛み、明日まで続くの〜?と思うとツラくなって「もうしんどい。苦しい。お腹切ってください」と言ったら
「何いってんの!赤ちゃんも今一生懸命頑張ってるんだよ!」と怒られてしまった。
そうだよね、私も頑張らなければ!と心を入れかえ、夫とともにがんばった。
21時、20時間近くかかりやっとご対面。
疲労困憊だったが、やっと会えた嬉しさで涙が溢れる。
「初めまして。やっと会えたね」
ほっぺを触ると柔らかい。小さな手を触るとキュッと握ってくれた。
その日から2時間おきの授乳が始まり、細切れ睡眠になった。
でもこの小さい赤ちゃんを死なせてはならぬと思い、必死に育てた。
3ヶ月過ぎた頃にはよく寝るようになり、夜泣きもほぼなくなった。
逆に昼もよく寝るので、起こして授乳する感じだった。
2009年5月。
夫の赴任期間が終わり富山に戻った。
地域の赤ちゃん教室に誘われて参加。同じ年齢の赤ちゃんがいっぱい。
そこで仲良くなったママ友と今でも仲良くしている。
富山に帰ってからも夫は育児に協力的で、いろんな事をしてくれた。
特に娘のお風呂と寝かしつけは助かった。
幼稚園の初登園日、「ママ〜!」と泣き叫ぶかと思いきや、全く泣かずさっさと園バスに乗っていった娘。何となくさみしい感じだった。
でも2歳から4年間、一度も行きたくないとは言わず元気に通園した。
小学生になってからは、自分とよく似た性格の友達を作り、楽しそうに通学していた。
その友達とダンスを習い始め、中2までの8年間、いろんなイベントに参加して頑張っていた。
小6時はちょうどコロナ禍で行事が全部なくなる。
かろうじて運動会だけは学年ごとにの入れかえ制であったが、小学校生活最後の年はかなり残念だった。
中学生になると、吹奏楽部に入部。強豪校だったので、毎日長時間の練習に励んでいた。
コンクールや演奏会では力強い演奏を聞かせてくれ、毎回うるうるしていた私。
そして勉強も何とか頑張っていた。若干荒れてた学校で不真面目な生徒が多かったが、それも気にせずマイペースで勉強していたようである。
そして高校は行きたかった学校に無事合格!
現在2年生。理系の学科なので日々実験とレポート漬けだが、何とか頑張っている。
吹奏楽も続けているが強豪校ではないため廃部寸前。中学校とは違い、先輩と一緒に楽しんでやっている。
将来は進学か就職か…いつまでも親元にいてほしいが、本人はどう思っているのやら。
娘が生まれて17年。母になって17年。
振り返ればあっという間だった。
でもあなたが生まれなければ、楽しい事も嬉しい事も経験できなかった。
あなたが「ママ」と頼る事で、私が必要とされてる実感がある。
どうしようもなくだらしない人間だけど、あなたがいるおかげで、自分の存在が認められた気がする。
私の元に来てくれてありがとう。
私を母にしてくれて本当にありがとう。
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