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アプリがくれた恋| はじまりは、ひとつの“いいね”から。【第1話】

離婚して、もうすぐ5年が
経とうとしていた。

恋をしたい気持ちも、
誰かに優しくされたい気持ちも、
どこかに置いてきたままに
なっていた。

最初の一年は、
仕事と生活を
繰り返すだけで精一杯だった。

夜、ベッドに入るときの静けさが
いちばんつらかった。

テレビの音も音楽も、
あの頃の寂しさには勝てなかった。

「もう恋なんてしなくていい」
そう思っていた。

それが、大人になるということだと
どこかで納得しようとしていた。

だけどある夜、
ふと目に入ったスマホの通知。

友人がアプリで出会って
再婚したという投稿だった。

「アプリなんて、
若い子の世界でしょ」
そう呟きながらも、

気づけばアプリを
ダウンロードしていた。

登録するだけでいい。
そう自分に言い訳をしながら、
プロフィール欄を埋めていく。

年齢、住まい、職業、趣味。
無機質な項目に、
自分の人生を少しずつ
入力していくのは、
なんだか不思議な感覚だった。

最後の「ひとこと」の欄で
指が止まった。

どんな言葉を添えたら、
この年齢で恋を探す自分を
恥ずかしく
思わずにいられるのだろう。

結局、短くこう書いた。

「おいしいコーヒーを飲みながら、
たわいもない話ができたらうれしいです。」

送信ボタンを押したあと、
画面の明かりがやけに眩しかった。
胸の奥で、
小さな音が鳴った気がした。

翌朝。
通勤電車の中で通知がひとつ。
“いいね”をくれた人がいた。

プロフィールを開くと、
穏やかな表情の男性の写真。
派手さはなく、
清潔なシャツの襟が整っていた。

自己紹介の最後の一文に
目が止まった。

「誰かの一日を、
少しでも温められる
人になりたい。」

心の奥に、
小さな灯りがともった気がした。
まるで、冬の朝に
初めて陽の光を浴びたような感覚。

軽い気持ちで“ありがとう”を
返した。
それだけのつもりだったのに、
数分後には返信が届いていた。

「おはようございます。
コーヒーはブラック派ですか?」

思わず笑ってしまった。
たった一行のメッセージなのに、
そこには不思議な
あたたかさがあった。

通勤電車のざわめきの中、
画面を見つめながら、
心が少し軽くなっていくのを
感じた。

その日から、
毎朝のメッセージが日課に
なった。

「おはようございます」
「今日は冷えますね」
「仕事、頑張ってください」

他愛もないやりとりなのに、
日々が少しずつ
変わっていった。

夜、帰宅してスマホを
開く瞬間が
小さな楽しみになっていた。

「お疲れさまでした。
ゆっくり休んでくださいね。」

画面の向こうから届く言葉は、
まるで温かいお茶みたいに
じんわり心に染みていった。

最初は警戒していた。
知らない人を信じることに
少し怖さもあった。

けれど、
彼は無理に距離を
詰めようとせず、

いつも一歩引いた位置で
言葉をかけてくれた。

「焦らなくていいですよ。
ペースはあなたに
合わせますから。」

その言葉に、
胸の奥がすこし熱くなった。
“合わせる”という優しさを、
いつから忘れていたんだろう。

いつの間にか、
彼との会話が一日の
リズムになっていた。

朝の“おはよう”で始まり、
夜の“おやすみ”で終わる。

スマホ越しの文字なのに、
そこには確かな温度があった。

──恋って、
こんなふうに
静かに始まるんだろうか。

派手な出会いも、
劇的なきっかけもない。
でも、心の奥の小さな場所が、
やさしく動き出していた。

日常の中に、
ほんの少しの色が戻っていく。
それはまるで、
長い冬を越えて
春が来るようだった。

まだ会ったこともない彼に、
「今日もお疲れさま」と
打ちながら、
胸の奥がじんわり温かくなる。

恋をすることを
もう一度許せた気がした。

その夜、
枕元に置いた
スマホが小さく震えた。

『おやすみなさい。
また明日も話せたら
うれしいです。』

画面の明かりに照らされたまま、
私はそっと笑った。

アプリがくれたのは、
“恋のはじまり”だけじゃない。
もう一度、
人を信じてみたいという
気持ちだった。

──それが、
私と彼の物語の、
最初の“いいね”の夜。

ー続くー


読んでいただき、
ありがとうございます。

切なさも、痛みも、温もりも。
物語は、まだ続いています。

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✍️ 作者について
「恋愛ノンフィクション作家」として、
救いのない愛や家族の影を
描いています。
👉 作者プロフィール
https://note.com/fresh_acacia6097/n/nf7d07d980740

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