Silent Night ―十年後の君へ―【最終回】
【第5話】 十年前の君から…
白い廊下の奥で、
電子音がゆっくりと途切れた。
看護師が小さく頭を下げ、
私と彼の母は、別室に案内された。
部屋の中は、
冬の夜のように静かだった。
蛍光灯の光が、
白いシーツを淡く照らしていた。
そこに、
彼は静かに横たわっていた。
「……○○ちゃん」
彼の母の声が震えた。
「飛び出した子どもをかばって……
避けた拍子に街路樹に……」
言葉が、涙に飲み込まれた。
私は一歩、近づいた。
喉が焼けるように痛かった。
彼の頬に触れた瞬間、
世界が音を失った。
冷たさが、現実だった。
息が詰まり、
声にならない声が
喉の奥でちぎれた。
涙が一気にあふれ出して、
頬を伝って止まらなかった。
「うそ……でしょ……」
震える声が、
自分のものとは思えなかった。
白いシーツの上に落ちた涙が、
小さな染みをつくって消えた。
それでも私は、
彼の名前を呼んでいた。
何度も、何度も。
彼の母が、
泣き崩れる気配がした。
***
病院を出ると、
夜の空気が冷たく
肺に刺さった。
街のネオンが
滲んで見えた。
どこへ向かうのかもわからず、
ただ歩いた。
遠くの街角から、
かすかに音楽が聞こえた。
――Last Christmas, I gave you my heart.
その旋律に、
足が止まった。
あの夜の時計台。
白いマフラー。
片方だけの赤い手袋。
すべてが、
一瞬で蘇った。
涙がこみ上げ、
声にならなかった。
胸の奥で何かが崩れた。
***
――十年後。
結婚を控え、
実家の部屋を片づけていた。
段ボールの奥から、
あの日のアルバムが出てきた。
ページの隅に、
小さな封筒が挟まっていた。
表には、
私の名前。
書いたのは、
十年前の彼だった。
銀色の封は、
しっかりと
閉じられていた。
私は息を整え、
ゆっくりと封を切った。
便箋の文字は、
少し滲んでいた。
「――十年後の君へ。
この手紙を読む頃、
僕たちはきっと
大人になってるね。
どんな場所にいても、
君の笑顔を見つけたら
すぐわかると思う。
十年経っても、
きっと僕は君を愛してる。
それだけは胸を張って言える。
雪の日にこれを読んでいたら、
思い出して。
あの冬、君を世界で
一番愛していた僕のことを。
―十年後の君へ。」
涙が一滴、便箋に落ちた。
文字が滲んだ。
隣の部屋から、
Last Christmas が
かすかに流れてきた。
母が昔の音楽番組を
つけているのだろう。
けれど、その音は
十年前の夜と同じに聞こえた。
私は手紙を胸に抱きしめた。
雪の夜に届かなかった
ラブレターは、
十年の時を越えて、
今ようやく、
私の心に届いた。
静かに、
涙が頬を伝った。
―十年前の君から、
十年後の私へ―。
手紙を胸に抱きしめたまま、
私は深く息を吸った。
あの冬が、
やっと遠くなっていく
気がした。
雪はまだ静かに降っていた。
けれどその景色の中で、
私はほんの少し、
微笑むことができた。
ーENDー
🌙 あとがき
最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
この物語は、
実際に、私の身近で起きた
出来事をもとにしています。
高校3年の冬、
結婚を約束した二人がいました。
けれど彼は、聖夜の夜、
帰らぬ人となりました。
十年後、
彼女が偶然見つけた
一通の手紙。
その封を切るとき、
止まっていた時間が
静かに動き出した――。
愛は消えない。
形を変えて、
静かに、誰かの中で
生き続けていく。
読んでくださった
あなたの中にも、
少しでも何か、
心に残るものはありましたか?
🌙 Silent Night 全話まとめ
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