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第13話:昭和の暮らしを支えた 名もなき仕事図鑑『下駄屋さん──足音に宿る、町のリズム』(Repost)

昔は、どこに どんなふうに おられたんですか?

昔はなぁ、町の商店街や路地に「下駄屋」いう小さな店が必ずあってな。
木の香りと、鼻緒の色とりどりの反物が、店先いっぱいに並んどったもんや。

夏祭りや盆踊りの前になると、近所の人がぞろぞろやって来てな、
店の前で「カランコロン」と試し履きの音が響いとった。
下駄屋さんの前だけ、まるで舞台裏みたいな賑わいでな、
浴衣姿の子どもや若い衆が、鼻緒を選ぶのに夢中やったんよ。


どんなことをしてはったんですか?

下駄屋さんの仕事は、ただ下駄を売るだけやあらへん。
木地(きじ)を仕入れて、自分とこで鼻緒をすげるんや。
客の足に合わせて鼻緒の長さや位置を調整してな、履きやすくする。
その加減ひとつで、足の痛みも出たり出なかったりするから、まさに職人の勘や。

履き古した下駄も、歯(は)を取り替えたり、鼻緒を新しくして、また履けるようにしてくれた。
子どもの成長に合わせて鼻緒を伸ばしたりもしてな。
「もったいない」より先に「まだ履けるように直す」が当たり前やったんや。


どんな人たちが その仕事を?

多くは、代々続く家業やったな。
親から子へ、木を削る手の感覚や、鼻緒をすげる指の力加減が受け継がれていく。
無口で職人気質のおっちゃんもおれば、おしゃべり好きで「この柄はお嬢ちゃんに似合うで」なんて勧めるおばちゃんもおった。

夏の縁日が近づくと、昼も夜も仕事場に灯りがついててな。
トントン、キュッキュッと、木槌の音と鼻緒を締める音が続く。
あの音は、夏の始まりの合図みたいやったわ。


その仕事、どうして 見かけんようになったんですか?

やっぱり、履き物が洋風に変わったことやな。
昭和40年代以降、サンダルやスニーカーが普及して、日常で下駄を履く人が減った。
浴衣を着る機会も少のうなって、「下駄は祭りのときだけ」になってしもた。

さらに、大量生産の安い下駄や草履が出回って、
「直して履く」より「新しいのを買う」ほうが早い、安い、いう時代になった。
職人仕事の価値より、便利さとスピードが優先されるようになったんやね。


最後にひと言、もらえますか?

下駄の「カランコロン」いう音はな、ただの足音やあらへん。
町の空気や、人の歩くリズムを刻んどったんや。
それが夏の夜の虫の声や、祭り囃子と混じって、町全体がひとつの音楽みたいになっとった。

今はもう、アスファルトの上じゃあの音は響かん。
せやけど耳を澄ませば、心のどこかでまだ鳴っとるんや。
あの下駄屋さんの前で、鼻緒を選んでた日の音がな。


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