第196話:ウメばあちゃんの『新作日本昔ばなし』!『影を照らす灯』
語りかけ
リクちゃん。
夜って、ふと怖うなること、あるやろ?
自分の影が、いつもより大きく見えたりしてね。
もしな、影が動かん夜が来たら、どうする?
そして、灯(あかり)をともしたら“心の影だけ”が笑ったら、何を思う?
むかし話
むかーしむかしのことじゃった…。
川のそばの村に、春の終わりの静かな夜が来た。
その夜、村の者は気づいた。
影が、動かん。
歩いても、手を振っても、影は地面に貼りついたまま。
まるで、黒い布を置いただけみたいに、じっとしておる。
村はざわついた。
「影を盗む妖怪がおる」
「もう明日が来んのやないか」
村は、長老の家に集まった。
長老は古い灯を取り出した。
煤(すす)で黒うなった、でも芯の太い灯じゃ。
「これは“影を照らす灯”たい。
怖がる前に、一度だけ照らしてみい」
灯がともると、部屋に光がふわっと広がった。
すると、不思議なことが起きた。
床に貼りついとった影が、動かんまま——
影の“顔”だけが、にこっと笑った。
みんな、息をのんだ。
「影が笑うなんて、縁起が悪か!」
そう言って灯を消そうとしたとき、ひとりの若い男、シュンが震えながら言った。
「……俺の影、笑っとる。
俺だけ、笑っとる」
シュンは鍛冶屋でな。
腕はええのに、心はいつも硬かった。
理由があった。
シュンは昔、弟子をひどく叱って、弟子が村を出て行ったことを、ずっと胸の奥にしまっておった。
「俺は正しいことをした」
そう言い聞かせながら、ほんとは自分が怖かった。
灯の前で、シュンの影の“顔”は、静かに笑い続けた。
馬鹿にする笑いやない。
やっと見つけてもらえた子どもみたいな笑いじゃった。
長老が言った。
「影が動かんのは、外の闇のせいじゃなか。
自分の中で、動かん心があるとき、影は貼りつく。
笑う影はな、悪さしよるんやない。
“やっと気づいたね”って笑っとる」
シュンは、ぽつりと言った。
「俺は…弟子に謝りたかった。
でも、謝ったら負けみたいで…動けんかった」
その瞬間、灯の火がゆらりと揺れて、シュンの影が、すこしだけ前に滑った。
ほんの少し。
でも確かに、動いた。
翌朝、シュンは山道を歩いて、村を出た弟子を探しに行った。
見つけるまで何日もかかった。
見つけたとき、シュンは頭を下げた。
「遅うなって、すまん。
俺の心が固まっとった」
弟子は驚いた顔をして、しばらく黙っておった。
それから、ふっと息を吐いて言った。
「……俺も、怖かった。
でも、いま言うてくれて、嬉しか」
その帰り道。
夕日が伸ばした影は、ちゃんと二人の足元で揺れておった。
動く影は、怖くない。
動かん影の方が、ほんとは寂しいんじゃ。
灯は、影を消すためやない。
影の中の“言えん気持ち”を、やさしく照らすためにある。
めでたし、めでたし。
子どもたちへ
ほらね、リクちゃん、影を照らす灯ちゅうのはな。
怖い影を追い払う灯やのうて、
自分の中で固まった気持ちに「ここにおるね」って言う灯なんよ。
「ぼくも、いやな気持ちがあったら、隠さんで言うてみる」
うんうん。
言葉にした瞬間、影はちゃんと動き出すけんね。
そいぎ、今日はこのへんにしとこうかね。
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