詩「タイムサークル」
タイムサークル
匂い、音、光が因子となり、
それらが、奇跡的に重なり、
暗号が解ける。
わたしは、過去への扉を開く。
そこには、 幼いわたしが、
つみきで遊んでいる。
わたしは、 できるだけ、
驚かせないように、
そっと近づく。
幼いわたしは、
物音に気付いて、
わたしを見上げる。
わたしは、 その瞳を見つめて、
ことばを、 飲み込む。
”これから、 あなたは、
うれしいこと、 かなしいこと、
いろんなことがある。
実は、つらいことのほうが、多い。
いっぱい泣く。
そして、いっぱい笑う。”
その想いは、 ただ、静かに頬を伝う。
幼いわたしは、
不思議そうに、
わたしの側へとやってきて、
わたしの顔を認めると、
声をあげて、 泣き始める。
わたしは、 思わず、 抱きしめる。
”どうか、がんばって。 どうか、がんばって。”
わたしは、 ことばにならない
この想いをこめて、 抱きしめる。
”どうか、がんばって。”
がんばってって言い方は、
相応しくないかもしれない。
でも、この子は、 ここから、
がんばって、 歩いていくんだ。
いつの間にか、
丸まったカラダを、
抱きしめて、
目が覚める。
“どうか、がんばって。”
あのことばが、
“今”のわたしにも、
聞こえた気がした。

涙の理由
幼いわたしが、
大人のわたしの顔を見て、
声を上げて、泣き始めたのは、
わたしの顔が涙で濡れてたから。
幼いわたしにとって、
涙は、不快な感情と結びついていた。
哀しみを想起させた。
大人のわたしは、
何か哀しいことがあって泣いている、
そう思った。
もう少し大きくなってからだよね、
うれしくて泣くこともある。
哀しみ以外の感情で泣くこともあるって、
そう知るのは。
大人のわたしは、
なぜ、幼いわたしを見て、
涙が流れたのか。
本当に、がんばってきた自分自身を、
その歴史を、哀しみも歓びも全部ひっくるめて、
深く感じ入ったからか…
まだ無垢な幼いわたしに対して、
これから辿る少し過酷な道のりに、
心を痛めたからか…
わたしは、この子が、
これから歩いていく人生を知ってる。
それが、哀しみの方が多いことを知ってる。
そして、今のわたしは、何もできない。
ただ、ここまでたどり着くことを、
ここで、待つしかない。
その残酷さが、
胸に刺さったからか…
きっと、いろんな意味の涙が、
こみあげたんだ。
ここは、こうしたほうが、
もっと良い人生になるから、って
教えてあげた方がよかったのかな。
そうしたら、たぶん、
今のこのわたしは消滅する。
また違ったレイヤーのわたしが、立ち上がり、
今のこのわたしと、入れ替わる。
今、ここで、こうして、在るわたしは、
ただ、見守ることしかできないんだ。
”がんばって”の言葉の重み
映画「すずめの戸締り」で、
主人公が、自分の幼いころと遭遇する場面がある。
そのとき、大丈夫って声をかけてる。
わたしは、大丈夫すら、
言ってあげられなかった。
がんばって。
その言葉は、一見残酷だけど、
それしか浮かばなかった。
「頑張れ」って、
時に傲慢で、
時に人を追い詰めて、
時に否定を孕む。
だから、他者に、
「頑張れ」って、
どうしても、
言えない。
だって、
生きるって、
基本、
現に”頑張ってる”から。
それでも、
幼いわたしに、
がんばってという言葉しか、
浮かばなかったのは、
その小さい体は、
これから歩む道を、
つまずきながらも、
進んでゆくという力を、
確実に持っていることを、
知っているから。
そして、
その時抱く、
感情すべてが、
痛いほど、
分かるから。
その渦中を、
通らなければならない、
幼いわたしの力を、
そのとき、
大人のわたしは、
ただただ、
信じ、見守ることしかできないから。
通らなければならない。
だから、大丈夫じゃない。
でも、大丈夫なんだ。
未来からの声
今に戻ったわたしに、
同じ声が届く。
未来のわたしが、
同じように遡って、
今のわたしに、
同じ言葉をかけたのかもしれない。
過去で放ったその言葉が、
グルっと回って、
今に届いたのかもしれない。
過去のわたしが、
未来に向けて、
同じ言葉を放ったのかもしれない。
その中心で、
わたしは、
今を、
進んでいる。
未来のわたしにとって、
今のここからの道のりが、
過酷なものだと、
告げているのだろうか。
幼いわたしに向けた想いと、
同じ分量で。
たとえ、そうだとしても、
すべての時間軸を、
抱きしめながら、
歩いていくしかない。
見えない展望さえも、
抱きしめながら。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
