声を失ったあの日
小さい頃から私は、
自分コンプレックスのせいでどんどん内向的になり
学校ではとってもおとなしいと言われる子供でした
家ではよく話せたのですが、学校や家以外の場所では
いつも周りの様子を気にし、どきまぎして小さくなっていました。
そんな私が、小学校の国語の授業で当てられた日のことを、
今でも忘れられません。
先生に名前を呼ばれて立ち上がり、
教科書を開いて読みはじめようとしたその瞬間
声が出ませんでした。
出そうとしても、喉が固く閉じたまま、
息が詰まり、胸の奥がぎゅっと痛くなって。
まるで声を出す方法を忘れてしまったみたいに、
言葉がどこにも見つからなかった。
たぶん、
それまでの学校生活の中でほとんど声を発していなかったせいだと思います。
人前で話すことにも、人に注目されることにも慣れていなかった。
当てられた瞬間、
心の奥の“怖さ”が一気に溢れ出してしまったんだと思います。
そのときの教室の空気、
クラスメイトたちの視線、
「なんで読まないの?」という先生の声。
あのときの自分を思い出すと、
今でも胸が苦しくなります。
それ以来、私はますます自分の殻に閉じこもるようになりました。
友達も少なく、話しかけるよりも、
話しかけられたときに短く返すのがやっと・・・
中学に進んでもそれは変わらず、
仲良くなるのはいつも、どこか居場所を失っているような子たちでした。
きっと私も、同じように感じていたから。
お弁当があった日、男子のひとりから
「デブなんだから弁当を気を付けるとか考えたら?」
そんな言葉を投げられたこともありました。
泣きたくても泣けなくて、
ただ静かにお弁当箱のふたを閉じたあの瞬間。
心のどこかがカチリと固まっていくのを感じました。
それでも私は、学校を休むことも、逃げることもできませんでした。
「ちゃんと通わなきゃ」「がんばらなきゃ」
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
母は教育に厳しく、
「いい高校に入りなさい」と繰り返しました。
でも勉強も運動も苦手な私には、それがつらかった。
結果、母が望んだ高校には届かず、
「どうしてあそこに行けなかったの」と
かなりの期間、何度も言われ続けました。
それでも、
私はあの頃、あの小さな教室で声を失ったあの日からずっと、
“生きること”を一生懸命がんばっていたんだと思います。
声を出せなくても、
笑えなくても、
それでも日々をちゃんと歩いていた。
そして。。。
その先の女子大の寮生活で、
ようやく少しずつ、
“自分”という存在を取り戻す時間が始まるのです。
