タイムワープママ 第三話


さゆみA 二〇二〇年一月一日
 
 知らない間に買い替えたらしき冷蔵庫を開けてみると、三段重のおせちが入っていた。
「おう、おめでと」
しげおがひょいとビールを取って、知らない間に買ったらしき、リビングのコタツにおさまる。
「なぁ、このおせち、私が・・・」
「あぁ、孫も来るからゆーて張り切って作ってたやん。まだ皆揃ってないけど食べさしてや、たくさんあるねんし」
 私のおせちの記憶は、二〇〇四年の大晦日に、黒豆を焦がしたところで止まってる。
重箱の蓋をこわごわ開けると、つやつやした黒豆はもちろん、煮物や数の子、栗きんとんやかまぼこなどが、きちんと並んでいた。
これを、私が準備したんか・・・?
「記憶喪失?!」
いや十五年も?! あまりに大問題すぎる。
でも、ずっと一緒に暮らしてるらしきしげおは、特に私を不審に思ってない。だから、偽物の私が紛れ込んで、ここで十五年を過ごしてたというわけでもなさそうだ。おかしいのは、昨日の夕方以降の私だけだ。と言うことは、このおせちを作ったのは、紛れもなく昨日の夕方までの私で、それは普通に五十歳の私だったはず・・・なんだけど・・・全然分からん!!
 テレビ番組は明らかに二〇二〇年、さっき郵便受けからしげおが取ってきた年賀状も、全部二〇二〇年。今はやっぱり二〇二〇年元旦の、お昼前らしいという結論だけは変わらない。
「そういやあいつら遅いなぁ、歩いて十分もかからんのに・・・お前んとこにライン入ってへん?」
ビールを傾けながらしげおが言うことには、どうやら娘ののどか一家は近所に住んでるらしい。
「ラインって?」
オウム返しで考え込んだ。ライン・・・ラインダンス、センターライン、アンダーライン、他に何があったやろ・・・何の連想ゲームや。
「ラインやんライン。スマホどこに置いてんの?・・・あぁぁ全然充電してへんやん」
スマホ・・・スマホ・・・スマップの何かやろか・・・。
冷蔵庫前でブツブツ繰り返す私にしげおが「暗証番号知らんし、ちょっと見てみて」と手渡したのは、ぺったんこの板みたいな物体だった。
「・・・何これ計算機?」
電子機器らしきことは分からんでもない。
「・・・お前まだ調子悪いんか? 携帯やん携帯!」
「携帯?! これのどこが!! ボタン全然あらへんやん!!」
 反射的に言ってしまったものの、しげおの明らかに引いてる表情を見て「しまった」と思い直した。
あぁここは二〇二〇年、携帯も進化してしまってるのだ。にしても、なんでこんなに大きく平べったく・・・。
取りあえず目についた唯一のボタンを押してみると、暗証番号を入れる画面に切り替わった。
「ATMのタッチパネルみたいやな、たぶんこの数字直接触ったらええんやろ」
自分の携帯触るのに暗証番号って大層な・・・ほんで私の入れそうな暗証番号は・・・。
自分の誕生日を入れるとダメだった。結婚記念日もダメだった。
なら、あとは決まってる。
「のんちゃんの誕生日や」
一九九九年一月一日。私が初めてお母さんになった日。
押してみると、画面が切り替わった。
「ビンゴーー!!!」
思わずガッツポーズが出た。
やっぱりこの携帯を使ってたのは私! 偽物の私じゃなくて私なんや! 
いやだからそれが誰やねんっちゅー話やけど。
初めて自分の痕跡めいたものを見つけて、泣きたいくらいの気持ちになり、そして大事なことに気付いた。
「今日元旦!!! のんちゃん誕生日やん!! ケーキ!!」
いやケーキはぐっちゃぐちゃ音頭の餌食に! いやあれは二〇〇四年の話で!! あぁぁぁ混乱する。
「ケーキて、あいつも所帯持ちやねんし、別に俺らが祝う必要ないやん。いつの時代の話や・・・」
しげおの口から、トータル二度目の「いつの時代」発言が出た。やばい、これをなるべく言わせんように、自然に振る舞わな・・・本当はちゃんと相談したいけど、まだ全然自分の中で整理がついてない。
「そうやな、古い時代の話やな! ところで・・・」
私はしげおの眼前に携帯を突き出した。
「これ、どやって使うんやったかな?♡」
目いっぱい可愛ぶって小首を傾げた私に、今日一番の不審な目線が刺さったところで、インターホンが鳴った。
「おめでとー、ここながグズグズで遅なってしもたわー」
玄関先から聞こえる若い女性の声、続いて「おめでとうございますー」と男性の声、「うわぁぁえぇ」と赤ちゃんの声。玄関に駆け寄ると、ヒールの高いブーツを脱いでいる最中の女性と目が合った。
「あ、母さんおめでと」
母さん?! ママじゃなくて?!
あんたが・・・ウソやろ・・・ホンマにのどかなん?! あ、あまりにも成長が急すぎひんか?!
「お義母さん、遅くなりました~」
お義母さん?! てかあんた誰?! 噂のケンジ君?! つまり、のどかの夫?!
事態を飲み込めずあたふたする私を、誰も気に留めない。フードにふわっふわのファーがついたコートを脱ぎながら、のどからしき女性が、慣れた様子でコタツに入りながらボヤく。
「疲れた疲れた~もう育児に正月休みもクソもないわ」
ニットのワンピースの上からでも、突き出た胸やくびれた腰の形状が分かるスタイルの良さ。マスカラを塗ってる風でもないのに、異様に長いまつ毛、ぬらっと光るグロス・・・。
のんちゃんが、のんちゃんが、ご立派なぴっちぴちの女子になっておられる!!
どこかに、どこかに面影はないのか?? 私は穴が開くほどのどかの顔を見つめ、幼児の彼女の痕跡を探した。
目元・口元・鼻の形、パーツの原型は確かにのんちゃんなのに、骨格や肉の付き方が全然違う。さらにはメイクや髪型でここまで変わるとは・・・でも、笑った時の目の形、時々鼻に寄るしわ・・・。
「な、何よじろじろ見て・・・また『母親のくせにチャラチャラして』とか言いたいわけ? ええやんちょっとオシャレするくらい」
「へ? い、いや、大きく・・・」
大きくなって・・・と言いたかったところをグッとこらえた。
母親のくせにチャラチャラ・・・私、成長したのどかにそんなこと言ってたの?
確かに今ののどかのファッションは、私が彼女の子育てで奮闘してた頃と比べると、格段に洗練されてる。キレイに巻かれたロングヘアは、毛先までツヤツヤで、くすんだ色味を何色も組み合わせた複雑なカラーが入ってる。ニットのワンピースはモヘアタッチのホワイト、赤ちゃんの吐き戻しでもあろうものなら大惨事が想像に難くない。大ぶりのシルバーピアスは、子どもが引っ張ったら耳ごとちぎれそうだ。
あぁそういえば、たまにはオシャレでもと思って久しぶりにつけた、元カレからもらったティファニーのネックレス、まだ二歳くらいののどかを抱っこした時引きちぎられたっけ・・・あの頃はまだタケルも生まれてなくて、なのに毎日へとへとやったなぁ・・・。
「それよか母さん、ケンちゃんもう今日の夜から出勤やねん。取りあえず、予定通り正月休みの間、ここなのお世話みっちり頼むと思うからよろしく」
「すいませんねぇお義母さん、居酒屋は正月休みもなくて」
「ええねんてケンちゃん、それも含めて母さん、パートの休み長めに取ってくれるってゆっててんから」
「まぁそんなことよりケンジ君、まだ昼やし、ちょっとくらいは飲んでも大丈夫やろ?」
しげおがケンジ君のグラスにビールを注ぎ、三人の談笑が始まった。
新しい家族の姿を見ながら、何とも言えない疎外感と、ボロを出すわけには行かない緊張感に襲われる。私は怪しまれないように適当に相槌を打ちつつ、情報収集のために頭を働かせた。
断片的な会話からまとめると、アニメーション関連の専門学生だったのどかは、同級生と立ち寄った居酒屋で、店長だったケンジ君と知り合い、授かり婚で入籍したらしい。学校は中退し、我が家のすぐ近くのアパートに新居を構え、現在一歳半の娘・ここなの子育ては、ほとんどのどかのワン・・・ワン・・・。
「ワン・・・なんだっけ?」
「ワンオペやって母さん。さっきから何回も聞き返してばっか! もう認知入ってんの? それとも更年期?」
き、きっつい・・・もともと気が強くてハキハキした子だったけど、大人になるとこんな感じに仕上がるんか・・・。そうそうケンジ君の仕事柄、のどかはそのワンオペ状態で奮闘してるそうだ。
「俺も若い頃は今より仕事人間やったけども、ケンジ君とこ、ブラック企業なんちゃう?」
「そんなん、今どきどこでもこんなもんやで父さん、働き方改革なんてウソばっか」
「せやなー、そもそもリーマンショック以来、日本の景気も影響受けて・・・あれからもう十二年も経つなんてなぁ」
「その頃、僕まだ中学生でしたわ~」
知らない単語を並べて話し続ける三人の様子は、至って自然で、何度考えてもドッキリにも夢にも思えなかった。
だとすれば、おかしいのは私の方。
 携帯の使い方も分からず、娘一家に何の見覚えもなく、最近のものであろう単語がひとつも分からない。これは記憶喪失だとすると、相当やばいのではないか。
何か思い出すきっかけになりそうなもの・・・そうだアルバム!
「な、なぁなぁ、皆集まってんし、ちょっと久しぶりにアルバムでも見ぃひん?」
三人の会話をさえぎって、思い切って提案してみた。
「別にええけど・・・」
のどかの返答にかぶせるように、私は早口でまくし立てる。
「じゃ、のどか取ってきて! いつもの所に置いてるから! なるべく古いのも持って来てな♡」
いつもの所なんて知らんし!と思いつつ、しっかり者に成長してるっぽいのどかに賭けてみた。
「もう~~めんどくさいなぁ・・・めっちゃ重いし!」
ブツブツ言いながら戻ってきたのどかの手には、数冊のアルバムが乗っかっていた。でかしたのどか! 
一番古いものを「貸して!」と奪い取り、血眼でページをめくる。私の異様な様子に三人は少し戸惑いながらも、すぐに他のアルバムを見ながら盛り上がったり、ここなをあやし始めた。
 一冊目。黄ばんで古びてるけど、これは確かに私が作ったものだ。のどかの手形足形、生まれたばかりの産院での3ショット、沐浴中の気持ちよさそうな表情、ミルクをあげてるしげお、おすわりした得意そうな姿、歩行器での号泣、この頃から髪が結べるくらいに伸びて・・・。
 二冊目の途中からタケルも登場した。手形足形、お姉ちゃんになったばかりの、のどかとの2ショット、のどかに強引に寝かしつけられて泣く姿・・・そうそう、タケル一人のショットが全然なくて、悪いなぁって思いながらも、撮る余裕もなかったんだっけ・・・。のどかの幼稚園の入園式、遠足、プール、ちょっと無理して家族で行った沖縄旅行、運動会のかけっこ、発表会。全部全部覚えてる。
 しかし三冊目、二〇〇五年あたりから、やっぱりどの写真にも見覚えがない。タケルの入園式、のどかの入学式、ランドセル姿、季節行事。ディズニーランドにも行ったんだ。よく一緒に写ってるこの子は、仲良しの友達なのかな? タケルは水泳やラグビーを習ってたみたい。のどかは文系なのかな、時折楽器を演奏する姿や、絵に関する表彰状が目につく・・・。
どんどん成長する二人を見るのは感慨深いけど・・・でも・・・。
 虚しさと悔しさで涙が溢れた。
これだけ見ても、なんにも思い出せないなんて。
この子たちの成長を、なんにも覚えてないなんて。情けない、情けない。
一体どんな時間だったんだろう、この十五年の間家族と過ごした時間は。私はそこで何を感じ、どうやって子どもたちを育てて来たんだろう? 二〇〇四年大晦日以降の記憶がない。
あの日確か、私は二人に「さっさと一人で勝手に大きくなって出て行ってよ!」って言った。それがこんなにも辛いことだとは。
幼い二人の子育ても辛かったけど、それを取り上げられるのはもっと辛い。
「ちょっと母さん、何泣いてんのよ?」
気付いたのどかがあきれ顔で言う。ううう・・・うるさい・・・毎日くだらないことで泣いてばっかりだったのは、そっちのくせに・・・。
「お義母さん、懐かしくなっちゃったんですよね? いや~僕もここなの写真見て、泣く日が来るんやろうなぁ~」
ケンジ君、フォローはありがたいけどちょっと黙ってて・・・のどかで手一杯なのに、ここなの成長なんてキャパオーバーすぎる・・・。
「取りあえず、せっかくやから初詣でも行こか、近所のあそこでええやん」
場の空気を変えるようにしげおが提案する。あんたはいっつも、そうやって私に寄り添わず、雰囲気さえ誤魔化せば問題解決すると思って・・・昔からそうや・・・。
皆が「行こ行こ」と立ち上がるので、私も仕方なく後に続こうとすると「母さん」と、シリアスな顔ののどかに呼び止められた。
「あのさ、今日来た時から思っててんけど・・・」
な、何?! 何か気付かれた?! さすが長女のどか! 私の様子がおかしいの、分かってくれてるん?! 
うつむいたのどかは、思い切ったように私の目をまっすぐ見て続けた。
「母さん、すっぴんの上に、今ひどい顔してるから、メイクしてきた方がええで。その顔面で出かけるのヤバイわ。今どきのアラフィフ、ナンボ何でももうちょっと小ぎれいやで」
あ、あらふぃふて何! また知らん単語出てきた! とはいえ、何らかけなされていることくらいは分かる。理解されたと思ったらけなされていた事実に気付いて、今度はメラメラ怒りが湧いてきた。あんたはぴちぴちの二十代やからええけどな、私はいきなり五十歳になってしもたも同然なんや! ホンマは三十五歳やったはずやのに・・・くっそぉ・・・。
四人を待たせて、寝室に閉じこもりドレッサーに向かう。
引き出しには、いつも愛用していたラインナップではなく、年配の女性が使うような基礎化粧品やファンデーションが入っていた。
鏡に映った自分を見るのが空しい。女性の顔は十五年経つとこんな風に劣化していくのか。
たるんだ輪郭、あちこちに増えたシミ、目尻のしわと、いわゆるほうれい線ってやつが、前からそこにあったかのようにくっきり刻まれている。
がっくり肩を落としつつも、気を取り直して手早くメイクを始めた。
皆を待たせてるから急がなきゃ・・・こんなのちょちょいのちょいで、そこそこの仕上がりになるはず・・・と思っていたら、認識が甘かった。
重ねれば重ねるほど、ヨレてムラになるファンデーション、目立つ毛穴、濃いめのリップは肌にまったくなじまず、慌ててくすんだ色味のものを塗ると、今度はただの老け込んだ印象になる。
 化粧が乗らない! 加減が分からない! 何色をどのくらい使えばいいかも!!
「乗らないーーー!! 浮くーーー!!!」
騒ぐ私をものともせず、ドアの外からは「まだなんー?」とイラつくのどかの声が返ってきた。


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