タイムワープママ 第一話
あらすじ
三十五歳のさゆみは五歳の娘のどかと二歳の息子タケルの育児と家事に日々追われていた。二〇〇四年の大晦日、些細なことで子どもたちに怒りが爆発し、ふと目覚めると、そこは二〇一九年の大晦日。自分の姿は五十歳で、記憶は二〇〇四年の大晦日から更新されていない。翌日の元旦にはデキ婚で家を出たのどかが婿と孫を連れて里帰り。タケルは春から大学生。夫も見事に老けているが、何もかもに見覚えがない。記憶喪失を疑ったさゆみは、大学時代の先輩・アコに相談。オタクでマニアックなアコは数々の検証を経て「さゆみの中身だけが十五年未来へタイムワープしたのでは」と結論付けた。
これは、目をつぶって石を投げても簡単に当たるくらい、どこにでも転がってる普通の主婦の、たぶんあまり転がってない経験談だ。思い起こせばわずか一週間という短い期間の話だけど、私の三十五年の人生で一番濃い一週間だった気がする。
私は今でも、もう一人の自分に話しかける。すごい一週間やったよねぇ、さゆみ。五十歳の私は答える、ホンマそう、さゆみ。一生忘れない。
二〇〇四年と二〇一九年、それぞれの大晦日から、十五年の時を超えてわずかに交わった私たち。きっと今も、互いに声を掛け合ってる。過去を慈しみ、未来を育んで、何人もの私たちが私を見守ってる。あなたが居てくれてありがとう、と。
さゆみA 二〇〇四年十二月三十一日
二〇〇四年の大晦日、三十五歳の私・さゆみは、修羅場に突入していた。年越し蕎麦作りとお正月準備、加えて元旦に六歳になる娘・のどかの誕生日ケーキ作成に追われていたのだ。そんな状況でも、足元には二歳半のタケルが、いつも通りまとわりついてくる。しかも結構な、ご機嫌斜めで。
「ねぇねぇが、レゴがしゃんってやったぁぁぁ!」
「タッくんがさきに、ねぇねぇのお絵かきジャマしたんやろ!」
「のんちゃん言い返さんといて! 面倒なことになる・・・」
言い終わる間もなくタケルのギャン泣きが始まる。
「ママー!! ママー!! だっこーーーー!!! うぎゃあぁぁっぁあー!!」
耳をつんざく超音波のような泣き声。いや鳴き声と言っていい。どこかに停止ボタンはないのか。この子たちの動力が電池なら、今すぐ残らず引っこ抜きたい。そんな母親らしからぬアイディアが思いつくのは、もう毎回のことだ。
ホンマ勘弁して、ママだって、蕎麦ゆでて黒豆煮てホイップクリームかき混ぜてる、意味分からん状況なの! あぁぁぁなんでお誕生日ケーキ手作りしようなんて魔が差したんや・・・元旦のお誕生会なんて大変に決まってるから、今まで適当に済ませて来たのに・・・のどかが「さくら組のまみちゃんちのおたんじょう会は、ママといっしょにケーキ作るんだって! のんも、つぎはやりたい!」なんて言うもんやから・・・。
「のんちゃん! あんたケーキ作りたいって言ってたやろ! こっち来てクリーム係になって!」
何とか気を取り直し、混ぜ終わったクリームを絞り袋に詰め替えた。市販のスポンジにクリーム塗り付けて、イチゴ飾って完成の手抜きケーキなのに、なんでここまで手間取る? キッチンには、蕎麦とおせちとケーキで使った調理器具が隙間なく積み上がって、のどかにデコレーションさせるにも場所がない。
「テーブルでやろう! のんちゃんこっち来ないで! 運ぶから!」
突然の方針転換に、駆け寄ってきたのどかは軌道修正がきかず、バラエティ番組のように、スポンジケーキと絞り袋を持った私とぶつかった。勢いあまって絞り袋をギュッと握る私、飛び散るクリームがのどかとタケルに降り注ぎ、はずみで落としたスポンジケーキを見事に踏みつけるタケル。大阪市にほど近いエリアに背伸びして買った、築三年・3LDKの分譲マンションに、また新たな汚物の歴史が刻み込まれる。
惨状の後、時が止まったような静けさが訪れ、ひといき置いて子どもたちが大爆笑し始めた。
「ケーキが! ケーキが! ぐっちゃぐちゃ~!」
「あはははははは!! ぐっちゃぐちゃ! ぐっちゃぐちゃ!」
リズミカルにアレンジしながら、謎のぐっちゃぐちゃ音頭を踊り出す二人のそばで、私は呆然と佇んだ。
何これ・・・何の罰ゲーム・・・。
私なんかしましたか? 人殺したりしましたか? なんですかこの仕打ち?
大体、夫のしげお何してるんですか? ホームセンターに電球買いに行きましたよね? もう二時間帰って来ませんよね? メールにも返事ナシですよね? ハンドメイドのオーダー電球でも探してるんですか? そんで年の瀬のわやくちゃな時に、電球いります? ひとつくらい切れてても良くないですか? 蕎麦は? ケーキは? 黒豆は? 黒豆・・・。
「あぁぁっっ!」
声をあげて鍋を開けると・・・水が干からびきって、焦げ付きつつある黒豆らしき物体が見えた。
なんで匂いで気付かなかったんや・・・あぁさっき冷蔵庫からイチゴ出して、その匂いに負けてしまったんか・・・イチゴ・・・冬場のイチゴめっちゃ高かった・・・ケーキ買えそうなくらい高かった・・・これを早くデコレーションせな・・・どこに・・・?
どこに?
デコレーションされるべき物体は、ぐっちゃぐちゃ音頭の犠牲になって、タケルの足元で無残な姿をさらしていた。
「タッくん、ふんだらあかんやん! のんのたんじょう日ケーキやのに!!」
タケルをたしなめつつ、当ののどかもゲラゲラ笑ってる。
のどかのために作ろうとしたケーキをタケルが踏みつけ、それを見てのどかが笑ってる。
「笑うなぁぁぁーーーーー!!!」
自分でもびっくりするくらいの絶叫だった。
ビクッと固まる子どもたち。一瞬ののち、脳を揺さぶる超音波でタケルが泣き叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁ! ママこわい!!! うわぁぁぁあぁーーー!!」
「怖くもなるわ! タッくんお前は泣きゃすむと思ってるやろ!!」
「ママごめんなさい! ごめんなさい! わらってごめんなさい!」
のどかも半泣きだけど、火がついた私の発狂はおさまらない。
「もう嫌や。あんたらのために頑張ってるのに、なんであんたらに邪魔されて、挙句笑われなあかんの!! もう誕生日もお正月もナシや!!」
隙間のないシンクに無理やり黒豆を捨てながら、気付けば私も泣いていた。それでも暴言は止まらない。
「もう嫌やねん、毎日毎日こんなんばっかり!
ほんでこれ見てパパが、また私だけ悪者にするわけやろ! 部屋汚いとかお腹空いたとか、好きなこと言って好きなようにくつろぐんやろ!
なんでなん? なんであんたらいっつも、そんな風なん? もうさっさと大きくなってよ、邪魔ばっかりせんといてよ、もっと手伝ってよ、普通に暮らさしてよ!
自分の時間なんかほとんどなくて、あんたらの世話ばっかり! さっさと一人で勝手に大きくなって出て行ってよーーー!!!」
泣き叫ぶ三人、最悪の大晦日。
それが最後の記憶だった。
さゆみA 二〇一九年十二月三十一日
「あれ・・・いつ寝てしもたんやろ」
時計を見ると六時だった。外は真っ暗だ。
夜の・・・六時よね?
点けっぱなしのテレビは、もうすぐ始まる紅白歌合戦の宣伝をしている・・・が・・・。
「誰これ? 知らん歌手ばっかり。モー娘。は? あゆは? オレンジレンジは?」
かろうじて氷川きよしだけ分かったものの・・・な、なんか雰囲気違うくないか?? 薄化粧してる? 路線変えはったんかな・・・にしてもやたら老けてる気もするけど・・・てゆうか・・・。
うちのテレビ、こんなんやったっけ??
なんか薄くない?
部屋も・・・同じやけどなんか違うくない? のどかが幼稚園で描いた絵とか、誰がはがしたん?
ぐっちゃぐちゃ音頭のケーキは? しげおが片付けたん? てか子どもたちは? 泣き疲れて寝た? すごい静か・・・。
何気にカレンダーを見ると、曜日が違う気がする。
大晦日って火曜日やっけ? しげおがフライングで二〇〇五年のやつ飾ったんやろか? あいつ、そういうのサクサクやっちゃう方やから・・・。
年号を確認すると、二〇二〇年になっていた。
「はぁー? 何これ誤植やん!!」
以前編集者として働いてた頃の専門用語が、ふと口をついて出て笑えた。
誤植なんて発音するの何年ぶりよ? しかし年号間違えるなんて、一番あかんミスやん・・・回収して刷り直しか、シールで処理するかの大仕事やなー。
もう全く無関係の業界の見知らぬ誰かが、誤植が発覚して怒鳴り散らされる場面を想像して、ちょっと我が身のように震えた。でも年号くらいなら、普段使うのには困らんからええとしても・・・曜日もなんかどっかおかしいよなぁ?
紅白では、見覚えのない司会者がしゃべってる。
ジャニーズの誰かっぽい気もするけど・・・中堅クラスにこんな人おったかなぁ??
「いよいよ令和最初の年が終わろうとしています、来年の二〇二〇年は、いよいよ東京オリンピックの開催で・・・」
れいわ?
オリンピック?
なんのこと?
そして、「来年の二〇二〇年」てゆうた?
二〇二〇年、流行ってるの??
その時、玄関のドアが開いて、しげおらしき人影が見えた。
「なんや起きてたんかー、紅白もうすぐか?」
手にはホームセンターの袋ではなくスーパーの袋が下げられ、出来合いの蕎麦セットと、缶ビールが二本入っている。
「あれ? 電球は・・・」
しげおの顔を見上げ、瞬間爆笑に襲われた。
「ちょっとちょっと、もう何なんその顔!!! 特殊メイクか? なんでそんな無駄に老けさせてんのよ!」
「無駄に老けさせ・・・は・・・?」
「もう~~手が込みすぎやわ~~お腹もめっちゃ出てるし、その程良い白髪も何なんよ? ちょっとドッキリが過ぎるやろー! このせわしない大晦日に、一体何狙いよ?」
「いや・・・お前こそ・・・何言ってるねん??」
あからさまに不審な表情まで笑える。こういう予測のつかんことするのがしげおやからな・・・今まで何度記念日がらみで無駄なサプライズに迷惑してきたか・・・。
「そんなことより、のんちゃんとタッくんが見当たらんのやけど。どっか連れ出してくれたんとちゃうの?」
「はぁ? タケルは友達と初詣行くゆうて昼間に出て行ったやん。のどかは、ここなとケンジ君と一緒に、明日の元旦に来るがな」
耳を疑うようなしげおの返答に、一瞬で頭に警報ランプがともる。
「タ、タ、タッくんが友達と初詣って、何考えてんのあんた! 誰と一緒なん? 近所か? ここなとケンジて誰の話や?」
しげおは黙って私の額に手を当てた。
「うん、急に寒なったし、風邪でも引いたんかな! もうちょっと休んどき、蕎麦作ったるわ」
「いやいや、ちょー待ってよ! ホンマにタッくんはどこ行ったん?!」
キッチンに引っ込みかけたしげおの次の言葉に私は、ちょっとだけ事態を理解できたような気がした。
「お前、そんなに過保護やったか? 春から大学生になる息子が、大晦日に友達と初詣行くくらい普通やろ。場所なんか聞いてへんよ。適当に帰って来るんちゃう?」
しげおはそのまま、「大体タッくんて・・・いつの時代の呼び方やねん」とひとりごちて、お湯を沸かし始めた。
タケルが、春から大学生。
待て待て、タケルはまだ二歳半。
来年が、二〇二〇年。
いやいや、来年は二〇〇五年。
はい、これらの共通点は?
「十五年経ってる・・・」
ピンポーン!! 脳内でくす玉が割れた。
迷うことなく洗面台へ向かう。早まる動悸とは裏腹に、足取りはしっかりしていた。
築三年とは思えない年季の入った三面鏡には、しげおと同じくらい、きちんと老け込んでいる自分がいた。
「てことは、五十歳」
早生まれのタケルは十七歳。
のどかは明日で二十一歳。
私五十歳。
別に、何も変わったことなど、起きてませんけど?と、自分に言い聞かせるように、私は冷静さを装ったまま、洗面所からしげおに声を張り上げた。
「さっき言ってた、ここ・・・ここ・・・誰やったっけー?」
「何やお前、ちょっとホンマに救急連れてったろか? 孫の名前までうろ覚えってヤバイで」
孫。
孫ですか。孫。
子育て終わってないのに孫できてた。
どうやらのどかの娘ぽい。
もう聞く気力もない。
寝る。寝て忘れる。
寝て起きて、ぐっちゃぐちゃ音頭の続きから始める。
それはそれで過酷やけど、ちょっと今、何がどうなってるか分からない。
第二話
https://note.com/preview/naf9c721c3262?prev_access_key=153ab98c11a231ea745862c2b9a6fbbd
第三話
https://note.com/preview/n5dcd6b8f8255?prev_access_key=fb1921427511cf635dc4e0e53e0f45e7
