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50歳、何者でもない 〜幼少期の思い出 〜


5人家族で、市営住宅に住んでいた。

冬は寒くて、夏は蒸し暑い。
エアコンなんてない。
扇風機がフル回転していた時代。

でも子どもの私は、それを不幸だなんて
これっぽっちも思っていなかった。

むしろ毎日、けっこう楽しかった。
あの頃の子どもって、
みんなそうじゃなかったかな。



夜になると、空が今よりずっと深かった。

街灯が少なかったから
夜は本当に、暗かった。

ある夜、町内の夜廻りの日。
私は母と手を繋いで歩いていた。

母が空を見上げて言った。
「星の綺麗かねぇ」
につられて、私も空を見上げた。

その瞬間、胸がぎゅんとなった。

星空が、怖かった。
吸い込まれそうだった。
自分がどこまでも夜空の奥へ
落ちていくような感覚。

慌てて視線を地面に戻した。

そう、私は筋金入りの怖がりだった。
石橋を叩いて、叩いて、叩いて。
結局、渡らないタイプ。(笑)

あるある!ですか?




土曜日は「半ドン」だった。

半ドン、って言葉わかる人〜!笑
お昼までで学校が終わる、あの感じ。

給食なしで帰るから、お腹がペコペコ。
ダッシュで家に帰ったら
昼ごはんに、ところてんが出た。

一回だけじゃない。
夏に近づくにつれて、毎週のように。
決まって、ところてん。

母なりの節約だったんだろうな。
わかる、わかるよ、お母さん。

でもおかげで今でも
2歳下の妹と私は
ところてんが見事に苦手だ。(笑)

食の記憶って、一生残るよね。
あるある!だよね?

母は専業主婦だったけど、
あまり家にいないタイプだった。

友達の家や、叔母の家へよく出かけていた。
だから自然と、妹と二人で過ごす時間が多かった。

でも不思議と、寂しい記憶がない。

木に登ったり、つつじの蜜を吸ったり。
お腹が空いたら炊飯器からご飯を取り出して
二人でおにぎりを作って食べた。

今なら「ネグレクト」って
言われるのかもしれない。

でもあの頃の私たちは、
そんなこと考えもしなかった。

姉妹で笑って、工夫して、
毎日をちゃんと楽しんでいた。

子どもって、案外たくましい。
あるある!かな?




テレビでは、光GENJIが
ローラースケートで走っていた。

キラキラしてた。
子どもの私は完全に夢中だった。

当時の男の子はドラゴンボール、
女の子は光GENJI。
放課後の話題といえば、
だいたいそのどっちか。

『昨日のテレビ見た?』が、
翌朝の教室の合言葉だった。



いつかのクリスマス。


重たくて、ちょっと安っぽい
ローラースケートを
買ってもらった。

嬉しかった。

何度も転びながら
市営住宅の前でアイドルの真似をして滑った。

今思えば、かなりシュールな光景だ。笑


消費税が導入される、ほんの少し前の年。
大人たちは新しい税金の話でざわざわしてた。

子どもの私には、よくわからなかったけど。

バブルの空気が街に漂っていて、
テレビをつければ
華やかなトレンディドラマや、
きらびやかな歌番組の世界がまぶしかった。


ビデオデッキは宝物。
カセットの裏にフーフー息を吹きかける、 初代ファミコンにみんなが夢中だった時代。
ビックリマンのキラシールを持ってる子が、
クラスで一番モテた。(笑)


未来はきっと明るいと
大人も子どもも、なんとなく信じていた。

もちろん、私も。

まさかこの後、長い長い「時代の荒波」に
揉まれることになるとも知らずに。

あの日、50円玉を握りしめて
笑っていた子どもは、
いつしか大人になり、時代の波に飲まれ、
数々の試練をくぐり抜けていきます。

人には言えない涙も、
想定外のピンチもたくさんあった、
私の人生。
それでも前を向いて歩いてきた、
もしよければ波瀾万丈な私のストーリーに、
少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。





次回もゆるっと待っててね。
スキ❤️してくれると泣いて喜びます。


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