選択の街【セレクトリア】〜3話
【第3話】
「寄り道してもいい理由」
せっかく“ちょっと気になる”を選んで歩き出したのに、すぐにまた分かれ道が出てくる。
「さっき決めたばっかりなのに、また?」
そのとき、霧の中に“寄り道しかできない街”が現れる——。
寄り道ばっかりで目的地に着けない人々。
でも、その街で出会った人から聞いた言葉が、次の迷い方を変えていく。
【第三話・1章】
「また分かれ道」
三歩。
たったそれだけ進んだだけだったのに——
また、目の前に分かれ道が現れた。
右にも、左にも、ぼんやりと石畳が続いている。
それぞれの道には違う模様が刻まれていたけれど、どちらが正しい道なのかは、やっぱりわからない。
少女が立ち止まって、小さくため息をついた。
「……またかぁ。もう選んだばっかりなのに」
その声には、ちょっとした苛立ちと、少しだけ笑いが混じっていた。
さっきまであんなに迷って、“ちょっと気になるほう”で決めたばかりなのに。
またすぐに“どっちにする?”がやってくる。
「この世界、選択肢多すぎでしょ……」
私は苦笑いするしかなかった。
霧の中にいると、道が勝手に生えてくるみたいだ。
“せっかく決めたのに”
その気持ちが、じわじわと胸の内側をざわつかせる。
(さっきのは本当に“正解”だったのかな……)
少女は腕を組み、じっと道の模様を見つめている。
でも、どんなに目を凝らしても、この道の先に何があるのかなんてわからない。
「こんなに何度も迷ってばっかりじゃ、もう前に進めないよ」
ぽつりと、少女がつぶやいた。
その言葉に、私は返事ができなかった。
また選ぶ。
また迷う。
正直、もううんざりしていた。
そんなときだった。
霧の向こうに——
淡い灯りがふっと浮かび上がる。
ぼんやりとした輪郭の看板。
そこには、こう書かれていた。
『寄り道専門・ミチノマチ』
少女と顔を見合わせる。
「……なにそれ?」
この世界は、本当に——
どこまで私たちを迷わせるつもりなんだろう。
「寄り道専門・ミチノマチ」
霧の中、ぼんやり浮かぶ『寄り道専門・ミチノマチ』の看板。
その下に、小さな門があった。
その前には、ふわふわの長いマントを羽織った男が立っている。
頭には羽根飾り。ちょっとだけ時代遅れの服。でも、どこか似合っていた。
「いらっしゃい、迷い人さん」
その声は、不思議と耳に残るやわらかさだった。
隣に立つ少女が私に視線を向ける。
「ここ……なに?」
男は微笑んだ。
「ここは“目的地に行かない人たち”が集まる街、ミチノマチ。寄り道ばかりで生きてる人間が多くてね」
門の奥からは、ざわざわと笑い声が流れてくる。
街の中では、キャンバスに向かって絵を描く人、手作りの楽器を調律している人、同じ場所をぐるぐる歩き回ってる人……
みんな、目的もなく、ただそこにいる。
私は思わず口にしていた。
「でも……目的地に行かないで、生きてて意味あるの?」
それは、この世界に入ってからずっと胸に引っかかっていた言葉だった。
どこに行くのか。
何を選ぶのか。
“早く決めなきゃ” “間違えたらどうしよう”——
そうやってずっと迷ってきた。
ガイドの男は静かに首を振る。
「意味があるかどうかなんて、後から決めればいい」
「人生のほとんどは“寄り道”でできてる。本当の目的地に着いた瞬間なんて、ほんの一瞬さ」
私はその言葉を飲み込めずにいた。
(それでも……それでも意味がないまま歩き続けるなんて、私にはまだ……)
隣で少女がぽつりとつぶやいた。
「……こんな生き方も、ちょっとだけ……いいのかもね」
私は振り返る。少女は少しだけ、寂しそうに微笑んでいた。
私の胸にも、ざわざわとした違和感と、それに重なる少しの共感が混じり始めていた。
「……すぐには無理だけど。ちょっとだけなら、こういうのもありかも」
そう言った自分の声が、思っていたより静かで優しかった。
「寄り道ばっかりしてる人たち」
ミチノマチの中を歩くと、空気が柔らかくて、不思議と足取りも軽くなる。
けれど、その軽さが逆に怖かった。
目的地もない。
何かを選び取るわけでもない。
それなのに、みんな幸せそうに笑ってる。
(……なんでだろう)
隣で少女が歩幅を合わせる。
「ねえ……ほんとにこのままでいいのかな」
素直な疑問だった。
私も、心の中ではずっと思ってる。
(こんな生き方、意味あるの? だって……)
「“選ばない”って、“逃げてる”ってことじゃないのかな……?」
思わず口から出たその言葉に、少女がピタリと足を止めた。
ガイドの男も立ち止まる。
「逃げてる、か……」
風がゆるく吹き抜け、どこからか小さな音楽が聴こえてきた。
それは寄り道してる人たちが奏でる音だった。
メロディも決まっていない。
音程もバラバラ。
だけど不思議と、耳障りじゃない。
男は小さくつぶやく。
「“逃げる”って言葉は、合わないね」
「本当は“向き合う準備をしてる途中”かもしれないのに」
私はハッとする。
(向き合う準備……?)
今まで、選ばなきゃって焦ってた。
早くゴールを決めなきゃって。
それが大人になるってことだと思ってた。
でも——
「……私、逃げてばっかりだって思ってた」
声が震えた。
「でも、本当は……まだ決められるほど、知らなかっただけかもしれない」
——知らなかったのは、“本当の自分が何を好きか”だ。
大人になっていくたびに、
“こうしたほうがいい”
“これが正解”
“これをやれば褒められる”
そんな声ばかりで、自分が何をしたいのかなんて、いつの間にか分からなくなってた。
選べないんじゃなくて、
“選ぶための材料が揃ってなかった”だけだったのかもしれない。
少女が私を見て、ぽつりとつぶやいた。
「……知らないまま選んだら、それこそ怖いもんね」
私は息をのむ。
(知らないまま選んで、“これが自分だ”って思い込むほうが、たぶんもっと怖い)
街の空気が少しあたたかくなった気がした。
この寄り道の時間が、
“自分を知るための材料集め”だとしたら——
この迷いも、無駄じゃないかもしれない
【この世界は、ゲームかもしれない】
ミチノマチの奥へ進むと、街は次第に霧に包まれていった。
でも、さっきまで感じていたあのモヤモヤとは少し違う。
柔らかく、包み込まれるような霧。
その真ん中に—— “盤面” が浮かんでいた。
大きな盤面。まるでボードゲームみたいに、マス目が続いている。
でも、マスの形は全部バラバラで、ゴールもない。
「……これ、なに?」
私がそうつぶやくと、隣でガイドの男がにやりと笑う。
「これがこの世界の正体だよ」
「ゲーム?」
「そう。
ただしこのゲーム——ゴールは最初から決まってない。進みながら、自分でマスを描いていくタイプさ」
私は息を飲んだ。
(進みながら……作る?)
「正解のルートもない。
どっちに進んでもいいし、戻ってもいい。
誰かと同じ道を歩いたっていい。
でも——“自分がどんな世界を作りたいか”だけが問われ続ける」
少女がぽつりとつぶやいた。
「なんか……それ、怖くない?」
私は思わずうなずいていた。
(だって、誰も教えてくれない。誰も正解をくれない。全部、自分次第だなんて)
けど——その瞬間だった。
霧の向こうから、
過去に自分が選ばなかった分岐点がいくつも浮かび上がってくる。
「これ、私が……今まで選ばなかったルート?」
男が微笑んだ。
「そう。“選ばなかった道”も、この盤面にちゃんと残ってる。
いつでも、どこからでも、選び直せる。
このゲームには“やり直し”が無限に用意されてる」
少女が小さく息を呑んだ。
私の胸にも、静かな熱が生まれた。
(選び直せる……?)
どこかで間違えたと思っていた道も、
途中で諦めた夢も、
“やり直せない”と思っていたものも——
実は、消えずにちゃんと残っていた。
「……私、ずっと“もう遅い”って思ってた」
震えそうになる声で、私は言った。
「でも、そんなことなかったんだ……」
男が軽く肩をすくめる。
「人生って案外、そういうもんさ」
盤面が静かに輝いた。
霧の向こうに見えたのは——
たくさんの“やり直せる未来”。
この世界は、
選んでも選ばなくても、途中で変えても、ぜんぶ自由なゲームだった。
私は静かに目を閉じる。
ほんの少しだけ、足が前に出た気がした。
「未来から呼ばれる声」
盤面の向こうから——
微かに、誰かの声が聴こえた。
「……こっちだよ」
最初は空耳かと思った。
でも違う。
私を呼んでいる。
確かに——未来から、誰かが私を呼んでる。
「……この声……未来の自分、かな」
少女がぽつりとつぶやいた。
私が息をのむ。
(未来の自分……?)
ガイドの男が、静かに口を開く。
「俺たちの“本当の未来”はな、決められたゴールじゃない。呼ばれる方向に進んでいくものだ」
「そう。“選ぶ”って感覚より、“呼ばれていく”に近い。無理に決めなくてもいい。
“あっちかな”“なんとなく気になる”——それだけで、十分だ」
私は目を閉じた。
どこからともなく響くその声は、決して大きくはない。
でも、確かに私の胸の奥を揺らしてくる。
(これが……私の未来?)
はっきりした形なんてない。
でも——確かに、何かに惹かれている感覚がある。
迷いはまだ完全には消えない。
でも、もうひとつだけ知っている。
“選ぶ”んじゃなくて、“惹かれる方に進んでいく”。
その感覚こそが、今の私にとっての“正解”なのかもしれない。
少女が微笑んだ。
「……ちょっとだけ、楽になったね」
私はうなずく。
「うん。……ちょっとだけ」
ほんのすこしだけ、
次の一歩が軽くなった気がした。
ガイドがにやりと笑った。
「だろ? それで十分なんだよ」
私はあの不思議な声に包まれて、しばらくその世界に漂った。
少女はまるで私に付き添ってくれるかのように、そばにいてくれた。
しばらく一緒に道を選んでいたら、あの“未来の声”が静かに遠ざかっていくのを感じた。
まるで波が引くように、静かに静かに。
気づけば私は、またこの街に立っていた。
行き交う人のざわめき、遠くから聞こえる踏切の音。
さっきまでいた世界が夢だったように思えるほど、ここは現実味がある。
けれど——
夢の中で誰かに出会ったあとの、胸の奥に残る“余韻”だけが確かだった。
まるで本を閉じたあとの静けさのように。
あの世界の言葉も、感覚も、私の中にちゃんと残っていた。
全部、私だけの“秘密”のように心に残っている。
私はひとつ息をつく。
そして、思わずつぶやいた。
「結局……私は自分で選んだのかな。それとも選ばされたのかな」
その言葉に、自分の声が少しだけ震えていた。
“自分で選べば正しい”
“選ばされたら負けだ”
いつの間にか、そんな風に思い込んでいたのかもしれない。
でも——
私はまだ知らなかった。
選択肢の意味も、進む先の景色も。
知らないまま選ぶなんて、無理だったのかもしれない。だから迷ったし、だから苦しかった。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
“知らなかった”ということを、今、私はちゃんと知ったのだ。
それなら——これから知ればいい。
これから、見つければいい。
遠くで風が吹いた。
街のざわめきの中で、その音だけが私の耳に届いた気がした。
「……呼ばれて進む、って……そういうことなのかな」
はっきりとした声も指示もない。
ただ、少しだけ“こっちかもしれない”と感じるほうへ、一歩踏み出してみる。
それが間違っていたらまた戻ればいい。
違っていたらまた選べばいい。
未来なんてわからない。
それでも——
“ここにいる私”が進む道なら、たぶん、それでいい。
私は静かに歩き出した。
END
この物語で伝えたかったこと
♦︎ 「選べない=ダメ」ではない。
♦︎選択に迷うのは当たり前。
♦︎知らないから迷っているだけなら、これから知っていけばいい。
♦︎正解を探すのではなく、“呼ばれる感覚”に素直になってみる。
♦︎ゴールは決まっていない。進んだ先に“未来”が生まれる。
ここまで全て読んで頂き
ありがとうございます‼️
短い作品でしたが、
何かの気づきとなれば嬉しいです✨
本音の隠れ家より
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