選択の街【セレクトリア】〜2話
【第二話】
『動けない少女と、ひとつの選択』
適当に選んで踏み出した一歩の先で、レナは“止まってしまった少女”に出会う。
その少女は、選び疲れてもう動けなくなっていた。
次第に、レナ自身の中にもまだ残っている“選べない自分”が顔を出しはじめる——。
本当に選びたいことって、なんだろう?
“適当選びの魔法”が、再び心に問いかける。
『動けない少女と、ひとつの選択』
霧の中を歩くたび、足音が小さく響く。
“適当に選んだはずなのに、進む先がこんなに静かだなんて。”
ほんの少しだけ心細くなりかけたそのとき——
遠くから、かすかな鼻歌が聞こえてきた。
……でも、それは楽しそうな音じゃない。
泣きそうなのを無理にごまかすような、かすれた音色だった。
私は足を止めた。
音のするほうをじっと見つめる。
薄い霧がゆっくり流れて——そこに、ひとりの少女がいた。
膝を抱えて座りこんでいる。
白い服に包まれた細い肩が、小刻みに揺れていた。
その周りには、色とりどりの紙が散らばっている。
近づいてよく見ると、それは全部“選択肢”だった。
「やりたいこと」「得意そうなこと」「みんなに褒められること」
まるでこの世界に溢れる“おすすめリスト”みたいに。
少女はその紙を見つめながら、小さくつぶやいた。
「どっちに進めばいいのか分かんないの……」
紙が一枚、風に吹かれて私の足元まで転がってきた。
——“これを選べば、うまくいく。”
私は思わずそれを拾い上げ、じっと見つめる。
胸の奥がざわついた。
ついさっきまでの私と同じ。
“正解”を探し続けて、疲れてしまっている。
私は静かに少女の隣に腰を下ろした。
けれど、言葉が出てこない。
口を開きかけては、また閉じる。
吐く息ばかりが、白くかすれて消えていく。
霧の中は静かで——まるで、この世界ごと息をひそめているようだった。
私は、何を言えばいいんだろう。
自分だって選び方なんて、わかっちゃいないくせに。
さっきまで心の中でぐるぐる迷って、結局「適当に」進んできただけだ。
隣でうずくまる少女が、そっと膝を抱え込む。
小さな背中が震えているのを見つめるうちに、
胸の奥がじわじわと痛みだした。
——役に立たないなら、黙ってたほうがいいのかも。
でも、それでも。
それでも私は……。
言葉にはならない気持ちが、喉の奥でつっかえたままだった。
この霧の中で、正しい答えなんて持っていない。
でも、それでも今、ここにいるのは——
迷っているその姿が、どこか昔の自分と重なって見えたからだ。
私はただ、その子の隣にいた。
それだけで、今の私には精一杯だった。
しばらくの沈黙のあと、少女が小さくつぶやいた。
「……わたし、ずっと考えてたんだ」
かすれた声が霧に溶けていく。
「どっちを選べばいいんだろうって。好きなこと、得意なこと……“これを選べば間違いない”って、ずっと探してたのに……」
膝に落ちた雫は、霧なのか、それとも涙なのか。
「選べば選ぶほど、怖くなるんだ。
もし間違えたら……って思うと、動けなくなる」
その言葉が胸に刺さった。
私もそうだった。
正解を選ばなきゃって、ずっと思ってた。
——いや、今だって本当はそう思ってる。
この“適当選びの魔法”だって、ただの逃げかもしれない。
また胸の奥がざわざわと波打つ。
すると——
ふいに、霧の奥から黒い影が現れた。
少年だった。
一度別れたはずの、あの少年。
彼はゆっくりと近づいてきて、私たちの前で足を止める。
その瞳の奥は、不思議と静かで、どこか遠くを見ているようだった。
「選べない理由はひとつだけだよ」
少年はぽつりと言う。
「“正解”を探そうとするからさ」
私も少女も、同時に顔を上げた。
「……え?」
少女の声は消え入りそうだった。
少年はふっと笑った。
それはこの世界で初めて見る、あたたかな微笑みだった。
「正解なんて、この霧の中じゃ見えない。見えないから、止まる。でも……“ちょっと見えてて気になる”くらいなら、進めるだろ?」
そのとき、どこからともなく——
黒い鳥が一羽、霧の中から羽ばたいてきた。
くちばしにくわえていたのは、1枚の紙。
それが少女の膝の上に、ふわりと落ちた。
『ちょっと気になること』
それだけが、そこに書かれていた。
少女はそっと、その紙を両手で拾い上げた。
指先が小さく震えている。
「……ちょっと気になること、か」
震える声でつぶやいたあと、少女は紙の文字をじっと見つめた。
その視線の奥で、ほんの少し——霧の奥に、色が差したように見えた。
「“これを選べば正解”じゃなくて……“ちょっと気になる”」
少女の声はまだかすれていたけど、
その指先に力がこもりはじめていた。
私はその様子を見つめながら、胸の奥にひとつだけ芽生えた感情を言葉にした。
「わたしもね……ずっと“正解”を探してた。
でもこの世界って、どれを選んでも、たぶん途中で迷うんだと思う。
だったら、“ちょっと気になる”くらいがちょうどいいのかもしれない」
少女は顔を上げて、はじめて私のほうを見た。
その瞳の奥に、ほんの少しだけ火が灯っているのがわかった。
「間違っても、戻ればいい。適当に選んで、間違って、またちょっと気になるほうに進めば……」
そこまで言って、自分でもふっと笑った。
「……今わたしが言ってること、ちょっとカッコつけてる気がするけど」
少女も小さく笑った。
それはさっきまでの鼻歌とは違う、本当の笑い声だった。
少年が、微かに頷く。
「そう、それでいい。世界はいつでもやり直せるようにできてる」
——その瞬間。
少女の足元から、小さな光がふわりと立ち上がった。
紙の裏側に浮かび上がったのは、
うすく、金色にきらめくひとこと。
『選び方なんて、後からついてくる』
霧の奥に、一筋の道が現れる。
それはまだぼんやりとして不確かで、でも確かに“先へ”と続いていた。
少女は静かに立ち上がると、
紙をそっと胸元にしまった。
「……行ってみる」
今度は震えのない声で、そう言った。
私はその隣に立つ。
まだ霧は晴れていないけど、
この道の先には、きっとまた別の“ちょっと気になること”が待っている気がした。
二人並んで歩き出すと、霧の中からかすかな音が聞こえてきた。
風の音とも違う、遠くで誰かが歌っているような、不思議な音。
少女がぽつりとつぶやく。
「……選んだ!っていうより、少し進んだって気がする」
私はその言葉に、静かに頷いた。
そうだ。自分で選んだわけじゃない。
正直、まだ不安も迷いも残ってる。
でも、どこかで“選べている”——そんな感覚だけが、胸の奥に残っていた。
「……ねぇ」
少女が急に私を見上げた。
「次に迷ったときも、“ちょっと気になるほう”で進んでいいのかな」
私は少し考えたあと、こう返した。
「うん。たぶんまた迷うけど——
そのときはまた“適当に”決めて、“ちょっと気になるほう”に寄り道しよう。
寄り道ばっかりで、どこに着くかわからないけど」
少女がふふっと笑った。
「それ、なんか楽しそう」
その声が霧の中で弾んだ瞬間——
遠くの霧が少しだけ晴れて、淡い光が差し込んできた。
進む先がぼんやりと見えはじめる。
どこへ続いているかはわからない。
でも、“気になるほうへ行ける道”が、確かにそこにあった。
——迷ってもいい。間違えてもいい。
この世界は何度でも、選び直せるから。
私は少女と並んで、一歩を踏み出した。
【つづく】
【次回】
「また迷った時の話」
この世界は“迷い”でできている
選択肢はいつだって霧の中
——だけど、ひとつだけコツがある
「“ちょっと気になる”から始める」
今回も読んでいただきありがとうございます♪
次回最終話となりますので
お楽しみくださいませ✨
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