日本のガチSE
「フルタイム」パートタイマー vs. 「バグ」人間 15
IT系グローバルワーカーの日本での生息地は、大手町、赤坂、渋谷といった街のようです。
■渋谷がホットらしい
シリコンバレーと同じで、渋谷の街を歩いても「あ、あの人はテックベンチャー専門の投資家だ」なんてわかりっこないです。聞いた話です。私は渋谷は犬の銅像と鉄道の会社しか知りません。正直ピンときません。
大手町、赤坂はいかにも、という感じのその手の方々を見かけます。
大手町、日本橋は日系の金融企業が固まっており、フィンテック、金融系のアナリストといったグローバルワーカーで、堅いデータを扱うプロが潜んでいます。ITに特化しているわけではありませんが、情報系インフラが整っていないと仕事ができません。
赤坂、六本木は外資系の金融企業に大使館、高級レジデンスが集中しており、街全体が「英語標準」「24時間ホスピタリティ」で動いています。
そして、渋谷、恵比寿は国産テックのメガベンチャーやAIスタートアップといった、横文字役職の日本企業が固まっています。Web3・クリプト(暗号資産)系のトップエンジニアたちが好むエリアです。
IT系グローバルワーカーは渋谷区民ではありません。賃貸ではなくサービスアパートメントかホテルに滞在します。
今、円安の東京は彼らにとって都合のいい場所です。最高のコストパフォーマンスと治安のいい滞在先となります。日本の税金や社会保障のシステム、組織のしがらみなど最初から眼中にありません。
そして来週はシンガポールに、来月はサンフランシスコにいるかもしれません。
IT系グローバルワーカーが「1クリックで飛行機のチケットを予約し、スマートに海外へ飛び立てる」のは、その予約システムが『今日もいつも通り動くこと』のために、愛すべき日本のSEたちがコードを保守しているからです。
■じゃあ日本のSEは?
日本のSEは、Covid-19の流行のおよそ2年ほど前に「テレワーク」という免罪符を受け取りました。満員の通勤列車からは解放された人が多いです。
自由を手に入れたはずの「テレワーク」は「家から一歩も出られない、超高密度のローカル監禁」だったかもしれません。
2014年頃、特にIT企業で、テレワークの開発が本格的に始まりました。
東京オリンピック開催時の通勤ラッシュ回避が目的で、東京の大手企業には行政からテレワーク推進のお達しがあったようです。
そして努力が実り、2018年頃、銀行以外はだいたいテレワークが可能になっていました。金融機関はそのときはまだ、セキュリティの技術的に遠隔勤務を全員でできるには至っていませんでした。
Covid-19大流行で皆で経験したりリアルに話を聞いたりで、ご存じでしょうが、テレワークは通信状態以外にも難しい課題があります。
先行して試験的にテレワークの実施を始めていたIT企業も、テレワーク用の組織の体系変更にとても苦労したようです。
ステイホームで突然テレワークになった会社がそのまま継続できなかったのも無理ないです。PCがつながっただけでは組織運営は厳しいものになります。
■豊洲はホットじゃないの?
豊洲は大規模インフラや金融システムを支える大手SIerや開発拠点がひしめく、まさに『日本のガチSEの聖地』です。
豊洲系企業は、日本のテレワーク基盤を作り、完全に継続しています。
ホットな渋谷のメガベンチャーにも日本のSEはいますから豊洲とは限りませんが、日本のSEを代表して「豊洲系」とよんでみます。
IT系グローバルワーカーは資金の自動回収の仕組みを作り、利益をハックする人たちです。
日本の豊洲系SEはバグを埋め、バグを直し、時間を売る人たちです。
IT系グローバルワーカーたちが「地球」を広く使えば使うほど、その足元にあるドメスティックな泥臭いインフラを、誰かが「安価な労働力」として支え続けなければなりません。
豊洲系は日本のスーパーマーケットや通販の流通システム、電気、銀行、交通の裏方システム等々、日々黙々と保守しています。
赤坂の外資系勤務の人達が「ストックオプション」について話す横で、日本のSEは「今年のボーナスどうなるか」と現実的なことを考えているかもしれません。まちがいなくそうでしょう。
■「バズるIT」と「空気のIT」の残酷な格差
渋谷・赤坂のIT(称賛される光)
SNSの新機能、新しいAIツール、タイパのいいデリバリーアプリ。
「便利になった!」「世界を変えた!」とニュースになり、株価が上がり、彼らは時代の寵児としてチヤホヤされます。
豊洲系、日本のSEが守るIT(感謝もされない空気のような存在)
飛行機の予約システム、電気が家庭に届く制御システム、スーパーの棚に商品が並ぶ物流システム。
これらは、
動いていて当然、感謝ゼロ
バグで止まったらマイナス10,000点、大バッシング
という、あまりにも報われない減点方式の世界です。「1秒でも止まったら日本の社会機能が麻痺する」ガチの社会インフラです。
グローバルワーカーが「世界をハックする華やかなアプリ」や「効率的に自動的にお金を回収する方法の開発」でチヤホヤされている裏で、日本の普通のSEたちは、この「動いて当たり前」の重いプレッシャーを背負わされています。
■ITバブルとは失敬な言葉!
日本のSEたちが日本のITインフラの土台を作ったというのに、金融の業界では上から目線で『2002年はITバブルの崩壊』と呼んでいます。
日本のデジタル土木工事
2002年といえば、基幹インフラシステム更改が概ね完了し、一息ついた時期です。
1990年代初頭から金融界隈が「IT買い」「投資チャンスだ」とマネーゲームに沸いていたその裏側で、現場の日本のSEたちは、投資信託のチャートを眺めていたわけではありませんでした。
彼らがやっていたのは、迫り来る膨大なデータ量(トラフィック)に耐えられるように、電力や運輸、流通、金融の「古い基幹システムを、24時間365日止めずに最新インフラへ植え替える」という、狂気じみた力技の土木工事です。
それは、コンピューター画面の中への目に見えないコンクリート打ちであり、配管工事でした。
ですので、バブル、泡、ではありません。ITインフラが整備されたのだから、その後も株価がキープされないほうがおかしいと思います。
■ただし、業界の構造にも問題がある
多重下請け構造(ITゼネコン)
建設業界と全く同じ、ピラミッド型の「SES構造」です。
上流(発注者・元請け): マージンを取る
下流(末端のベンダー): 実際にコードを書き、データと格闘している
しかしながら、上流の「日本の大手SIerの社員のSE」が高給かというと、全くそうではなく、グローバル資本の流動性と比べるとキラキラ感ゼロを通り越しどんより澱んでいます。
この格差は能力の差ではなく「どの資本のレイヤーに机を置いているか」というだけの問題です。
きらびやかな赤坂・大手町・渋谷のシステムを、裏で支えているのは、
時給換算するとマックのバイトと変わらないような単価でせっせとデータのクレンジングや力技の修正している、日本の職人的SEであるという皮肉。
知人のインフラ系ベテランSEは、最近までExcelの使い方を知りませんでした。仕事とほとんど関係なかったからです。
「Excelがこんなに便利だとは知らなかった」と行の挿入やシートのコピーを「おー!たのしー!」と、よろこんでやっていましたが、その後の入力の速いこと!
社内向けポータルサイト作成も「やり方がわからないなあ」と言いながらも、薄い本一冊見ながらさっさと作り終えてしまいました。
派手なITニュースにはなりません。
この国が明日もいつも通りに目覚め、電車が走り、スーパーに物が並ぶためには、彼らのような『ガチSEの職人』が、今日も静かにバグを潰し続けているからに他ならないのです。
