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好奇心はまだ終わらない

このNoteを書き始めて、気が付けば10話目になった。

最初の記事を書いたときは、正直ここまで続くとは思っていなかった。

AIに出会い、曲を作り、動画を作り、そして記事を書く。

どれも数か月前の自分には想像できなかったことばかりだ。

定年という言葉を聞くと、多くの人は「一区切り」を思い浮かべるかもしれない。

私もそうだった。

仕事を終え、少しゆっくりする。

趣味を楽しみながら過ごす。

そんな未来を想像していた。

ところが現実は少し違った。

AIという存在が現れたからだ。

最初は興味本位だった。

話題になっているから触ってみよう。

その程度だったと思う。

しかし気が付けば毎日のように会話をし、新しいことを試し、分からないことを調べるようになっていた。

曲を作る。

動画を作る。

物語を考える。

時には哲学のような話をする。

AIは便利な道具なのだろう。

でも私にとっては、それだけではない。

新しい世界への入口のような存在になっている。

年齢を重ねると、知らないことより知っていることの方が増えていく。

それは安心感でもある。

しかし同時に、驚く機会は少なくなる。

若い頃のように胸が高鳴ることも減っていく。

少なくとも私はそう思っていた。

ところが最近、久しぶりに感じる感覚がある。

「これをやったらどうなるだろう」

という気持ちだ。

動画を一本作るたびに思う。

記事を書くたびに思う。

新しいツールを触るたびに思う。

結果は分からない。

うまくいく保証もない。

それでも面白い。

考えてみれば、子供の頃もそうだった。

理由は分からないけれど気になった。

やってみたかった。

知りたかった。

それが好奇心だったのだと思う。

AIは答えを教えてくれる。

でも本当に面白いのは答えではない。

その答えから新しい問いが生まれることだ。

問いが生まれるから調べたくなる。

調べるからまた新しい発見がある。

その繰り返しだ。

10話まで来た今、ひとつだけ分かったことがある。

AIについて詳しくなったことではない。

動画作りが上手くなったことでもない。

好奇心は年齢ではなく、自分次第なのかもしれないということだ。

この先、何ができるようになるのかは分からない。

YouTubeがどうなるのかも分からない。

このNoteを何人の人が読んでくれるのかも分からない。

でも、それでいいのだと思う。

分からないから面白い。

だから私は、もう少しだけ続けてみようと思う。

AIとの作戦会議を。

そして、新しい発見を探す実験を。

第10話を書き終えた今も、好奇心はまだ終わらない。

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