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『空気清浄うちわ』

 「その日、私は友人との待ち合わせ時間までの暇つぶしに大型家電量販店をうろついていました。
 空気清浄機のコーナーを見て回っていると、御社のロゴが入った法被を着た店員さんが新作の空気清浄機を薦めてきたので、今日は買うつもりで来たのではない、とお伝えしました。
 するとその店員さんが、新機能が体験できるサンプルだけでもお持ち帰りくださいと言うので、空気清浄機のサンプルとは何だろうと疑問に思ったのですが、店員さんが私にくれたのは、なんと御社の空気清浄機の宣伝が入ったうちわ。それも、夏ならば多少有難かったのですが、あれは確か一月か二月だったと思います。花粉の時期に向けて新製品の空気清浄機を発売されたのでしょうけれど、宣伝にうちわは無いだろ、と正直思いました。ポケットティッシュの方が良いなと。
 
 当然そんなことは口に出さず、渡されたうちわをカバンに入れて、友人との待ち合わせ場所へ向かいました。そして、二人で街をぶらつき、途中でカフェに入りました。コーヒーを飲みながら、私は友人に何気なく恋人とは上手くいっているかと尋ねました。すると、急に友人の表情が曇り、一週間前に別れ、その事は私にメールで伝えたと言うのです。
 うっかりしていました。言われてみれば、そんなメールを読んだ記憶はあったのですが、ちょうどその時期、私は何かと忙しくてメールを適当に読んで返信してしまっていたのです。
 私と友人の間に、気まずい空気が流れました。謝りつつも、いたたまれない気持ちだった私は、苦し紛れに御社のうちわをカバンから取り出して、頭冷やすね、などと言いながらうちわを扇ぎました。君も頭をスッキリさせて失恋のことなんて忘れちゃおうよ、と、今考えればめちゃくちゃなことを言いながら、友人に向かってもうちわを扇ぎました。
 すると、みるみるうちに私の気持ちはスッキリし、友人もまるで何事も無かったかのような表情に戻りました。この時は単純に涼しい風のお陰で気分が少し晴れたのだと思いました。

 それから数日後、偶然テレビで御社の空気清浄機が紹介されているのを見て驚きました。あの時、店員さんが言われた「新機能」というのは、エアの空気を清浄するだけでなく、ムードの方の空気も清浄するものだったのですね。
 そして、うちわが「サンプル」である意味も分かりました。その後、何度かこのうちわを使ったのですが、四回目以降は効果がなかったのです。サンプルだから三回しか使えなかったのですね。
 それからというもの、私は放課後、毎日のように行ける範囲の家電量販店に行っては御社の空気清浄機のサンプルをもらい、休日にはちょっと遠くのお店まで足を運びました。
 あ、さすがに、同じ店舗で何個もサンプルもらうのはまずいかなと思いまして……。かと言って、空気清浄機そのものを買う気にはなれなかったのです。もちろん、大学生にとっては高価な物ですし、何より空気清浄機だと自宅に据え置きになってしまいます。それに対し、うちわだと持ち歩けるので、出先で空気が悪くなった時に便利なのです。

 そこで私は考えました。あのうちわの性能を上げるか、同じ性能のポータブル扇風機を開発して売り出してはどうかと。先ほど申しました通り、持ち運べた方が、いつでもどこでも気まずい空気を清浄できるため、需要は高まると思うのです。私はどうしても、持ち歩き可能なコンパクトな空気清浄機を開発したく、御社を志望いたしました」

 志望動機を答えるのは一、二分がベストだと入社試験マニュアルの本に書いてあったのに、長々と話してしまった。試験官の眉間のしわに気づいて我に返った私は、カバンの中から、うちわを取り出した。


作:田中エイドリアン

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