余白
重い躯。
薄明かりの差し込む瞼のカーテン。
耳を刺す静寂。
ほんの一瞬孤独がわたしを包んだ。
やつれた自分を感じる。
今朝方のざわめきは嘘のよう。
整然と片付けられカウンターテーブル、グラスはどれも洗われ水切りかごにしきつめられている。
でも不思議に、過ぎた時間がコーヒーの香りのように漂う。
そこには確かに誰かがいて、他愛ない会話をしながらお酒を酌み交わした時間があった。
「お疲れ様」
「またね」
むかし、わたしは誰かといる時間も空間も、そこにある感情にも背を向けた。
いつも幸せな時間のそばに、何か今にもすぐに崩れてしまいそうな不穏な空気を感じていたからだ。
はじめて好きになった相手とは関係性が叶わない身体だった。
宿すことも受け入れることも求められることもない身体。
でも、束の間の小さな時間の愛おしさを知った。
叶わない地平は叶ったかもしれない可能性の世界を孕む。
だから、わたしはわたしなりにそばにいて、守りたい関係性と時間と世界だった。
いつも不穏な空気を感じながら、一瞬を愛した。
崩壊の影が見えていた。
終わりの音を聞こえていた。
だから一瞬は輝き、こんなにも愛おしいのだと覚った。
永遠を棄却し、延長を拒んだわたしは、静かな、でも確かに重みのある一瞬を愛することを選んだ。
一瞬が過ぎる景色が少しだけ減速するように見えた。
さよならは、わたしには
またねの約束になった。
馴染みのある背中、いつもの顔ぶれを見送りながら、明日を小さく願い頭を下げた。
それは叶う叶わないことへの期待ではない。
明日の、未来の余白への期待。
叶うことも叶わないことも、叶ったかもしれない、あるいは叶わなかった可能性と表裏だから。
不明瞭な時間への自己投企が祈りなら、見送る時間と「ありがとう」と伝えるわたしの声は紛れもなく祈りなんだろう。
〈また会いたい〉
〈また会えたらいいな〉
そう願う時間さえ愛おしく幸せな時間。
わたし静寂と余韻と余白と戯れながら、少しまだ躯を横たえている。
今日は誰が来るのだろう。
夜の街へ、淡い期待を携えて。
今日も、お店をがんばらなきゃ。
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