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【ピリカ文庫】 夢


この大学を受験する!

わたしは決心した。

門を入ると、丸い池に小さな噴水、そして青々とした芝生の庭が広がっている。その庭を優しいオレンジ色の校舎が囲み、両手を広げて「さあ、おいで」と迎えてくれているようだ。しかし、この歓迎に応えられるのは、一握りの選ばれた生徒のみ・・・ならば、難関を突破しよう!高校2年の夏休み、上京して下調べに来たわたしは、体の底から震えるような闘志を感じた。


わたしの通う高校は、愛知県にあり、男子中心の進学校だった。毎年東大に1人か2人合格するレベル、それでも、お互いのライバル心をあおり、少しでも合格率アップを狙うように、教科別の試験結果が毎回廊下に張り出された。わたしは、国語と英語はいつも10位以内だったが、数学は苦手で50位以内に入れないこともあり、悩みの種・・・志望校の入学科目は国語、数学、生物、日本史、英語・・・数学さえなければ、と悩んだ。


幼馴染の宏は、わたしのライバルでもあった。幼稚園からずっと一緒。運動神経抜群の宏は、小学校、中学校と運動会のエースで、アンカーの赤いたすきをなびかせ風のように走り、運動音痴のわたしを羨ましがらせた。でも、勉強はわたしの方が少し勝っていたから、ドングリの背競べ、だろう。偶然同じ高校を受験し、2人だけが合格した、ああ、またか、と複雑な思いがしたものだった。

三学期も終わろうとしている冬の日、わたしは風邪気味で体が重かったが、いつもの帰りの電車に辛うじて走り込んだ。家庭教師が来る日で、どうしても乗りたかったのだ。電車のなかは暖房でむっと暑く、目の前の風景がにじんだ、までは覚えていたが、気が付くと座席に座らされていた。

「大丈夫?」

心配そうな顔は宏だった。無理に起き上がろうとしてよろけてしまった私は、不本意ながら宏に支えられて下車、やっとホームの待合室に入った。

「ここは、風こないし少し休んでいったら?まだ、顔色悪いよ」
「でも、帰らなきゃ・・・」
「ダメだよ、こんな体で家まで自転車乗ったら危ないよ、
あ、タクシーで帰る?駅前にいるかな・・・」
「やっぱりここで休んでいくから、先に帰って」

小学生のころは、一緒に帰ったこともあったが、その後は挨拶を交わす程度だった宏が、急に大人びて見え、一緒にいるのが気づまりだった。

「あの、俺さ、決めたんだ、京都大学受ける」
「え?京都大学?す、すごいね・・・」

負けた・・・風のように走っていく宏の背中を思い出した。

もうこうなったら、隠してもしようがない。

「わたし、津田塾・・・」

「へえ、すごいじゃん、俺負けていられないな」
久しぶりに見た宏の笑顔だった。

受験の日は、風の強い冬晴れだった。校舎横の芝生の上でプラタナスの枯葉が、カサコソ音を立てながら、身を寄せ合っていた。

得意な英語では「あなたは、旅に出るのと、家で移り変わる四季の景色をながめるのと、どちらが好きですか、書きなさい」という問題が出た。悩んだ末、旅に出るのが好き、という回答が多いだろうと予測し、あえて「家で眺める方が好き」を選んだ。

数学は・・・なんと、4問中、3問でき、4問目も半分解けた。模擬テストでは、半分が精いっぱいだったのに、なんという幸運!

発表の日、校門の前は受験生やその家族で賑わった。発表の時間になると、この日のために用意された大きな看板に、合格者の受験番号が記された紙が張り出された。

あった!合格した!喜びの詰まった光輝く部屋のドアが、ぱっと開いたような思いがした。この学校に通う、女子大生になるんだ!

数日後、高校に行くと、先生も友達も口々に「すごいね、おめでとう」と声をかけてくれた。得意の絶頂とはこのことだろう、と思った。

一か月後、国立大学の合格発表があり、宏の名前も京都大学合格、と、職員室に張り出された。

卒業式の日、下駄箱の中に宏からの手紙が入っていた。そこには京都の住所と、「イッヒリーベデイッヒです」の言葉が書かれていた。ドイツ語なんてきざな奴、でも嬉しかった。


「おかあさん、ピーマン、こんなに採れたよ、ほら、見に来てごらん」

庭から声をかけてきたのは、わたしの夫、つまり20年後の宏である。
二人の子供にも恵まれ、わたしは平凡だが、幸せな毎日を送っていた。

ただ一つの悩みは眠りが浅く、朝、夢にうなされることだ。
入学試験を受けているが、問題がさっぱりわからない。どうしようと悩んでいる、確かできたはずなのに・・・そんな夢を何回も見た。


今朝も夢を・・・でも、いつもと何か違う・・・呼吸も苦しい・・・

ピ、ピ、ピ  何の音?

「先生、血圧、下がっています」

誰の声?

「まずいな、ご家族に連絡して」

「この患者さん、一人暮らしで、ご家族はいない、そうです」


え?わたし、一人暮らし?そんなはずはない。宏と結婚して子供もいたのに・・・そんなばかな・・・

「何か、うわごと言っていますね」

「夢でも見ているんだろ」




え?

これも夢?


                    おわり






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