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風が止むまで、そばにいて

東京のアパートを引き払ったのは、九月のはじめだった。
段ボールに詰めた荷物は少なく、心の中はもっと空っぽだった。三年付き合った彼女に、あっけなくフラれた。

「あなたの隣に、未来が見えない」
最後にそう言われたとき、何かを返す気力もなかった。

だから僕は逃げるように地元に戻ってきた。
何もないと思っていた街、幸手。
駅前の風景は変わらないままだったけど、不思議とそれがありがたかった。

 

数日後の午後。
無性にどこかへ行きたくなって、自転車をこいだ。
気づけば、権現堂に来ていた。

 

曼珠沙華。
彼岸花なんて呼び名より、ずっときれいに聞こえる名前だと思う。

葉が落ちた桜の木の下に、真っ赤な花が絨毯のように咲き誇っていた。
風に揺れる花びらの向こう、どこかに続いているような気がして、僕はただ歩いた。

 

「……あれ? もしかして、タカユキ?」

声に振り返ると、女性が立っていた。

白いシャツに、淡いベージュのロングスカート。
目元は変わってない。間違いなく、小学校の頃の——

「ミサキ……?」

彼女はぱっと笑った。
「やっぱり! すごい偶然だね。帰ってきてたの?」

 

そこからの会話は、驚くほど自然だった。
同じクラスだった頃のこと。保健の先生とデキ婚した担任のこと。ランドセルに詰め込んでいた夢のこと。

彼女は今も地元に住んでいて、地元の保育園で働いているらしい。

「子どもたちに囲まれてるとね、意外と癒されるんだよ」
そう言って笑う彼女の声が、曼珠沙華の赤に溶けていくようだった。

 

僕はふいに、自分の胸の奥に溜まっていた言葉をこぼした。

「……東京で、うまくいかなくてさ。恋愛も、仕事も。全部ダメで」

彼女は驚いたように目を見開いたけど、何も言わなかった。ただ、少しうなずいて、こう言った。

「タカユキ、頑張ったんだね」

それだけで、胸がいっぱいになった。

東京では、そんなふうに言ってくれる人はいなかった気がする。
ただの一言なのに、すごく深いところまで届いた。

 

その日、彼女とはそのまま一緒に権現堂を一周した。
風に揺れる曼珠沙華の中を、ぽつぽつと話しながら。

別れ際、彼女が言った。

「来週も咲いてると思うよ。また、来る?」

僕は小さくうなずいた。
「うん、来る。……また会えたら、嬉しいな」

 

彼女は軽く手を振って去っていった。
その背中を見送ったあと、僕はもう一度、曼珠沙華の赤い花々に目をやる。

その先に、何があるかはわからない。
でも、なんとなく、

権現堂の風が、「おかえり」と言ってくれた気がした。



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こういったイベントに初めて参加しました。
拙い文ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

追伸
Spoonで朗読をアップしてみました。
こちらも聴いていただけると嬉しいです。



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