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【実感】やっぱり、“生かされている”のかなあ…

時々、
そんなことを思う。

僕の人生は、
正直、
遠回りばかりだった。

3浪。
仕事の低迷。
人間関係。
孤独。

順風満帆とは、
かなり遠い。

「あの時、
もっと違う道があったんじゃないか」

そう思ったことも、
何度もある。

でも不思議なのは、
それでも今、
まだ生きていることだ。

しかも、
何とか壊れずに。

振り返ると、
危なかった場面も多い。

小学生の頃、
地下街の大爆発事故。

いつもなら、
その時間に
塾へ向かうため、
爆発現場を通っていた。

でもその日だけ、
なぜか塾へ行きたくなくて、
時間がズレた。

結果、
事故に巻き込まれなかった。

海外旅行帰りのバス事故もそうだ。

大型トラックが突っ込み、
まさに自分の席付近へ。

でも、
不思議なくらい
無傷だった。

テレビロケ中、
冬の滝で氷の塊が飛んできて、
太もも直撃。

もし頭だったら、
本当に危なかったと思う。

こういうことが、
人生で何度もある。

だから最近、
思う時がある。

「まだ終わりじゃないから、
生かされているのかな」

って。

もちろん、
スピリチュアルだと言われれば、
そうなのかもしれない。

でも、
理屈だけでは説明できない感覚も、
人生にはある。

あと、
僕は昔から、
“消えなかった”。

苦しい時期は長かった。

正直、
心が折れそうな時もあった。

でも、
完全には終わらなかった。

どこかで、
また立ち上がってきた。

それって、
運なのか、
執念なのか、
何なのか分からない。

ただ、
人生後半になって思う。

遠回りにも、
意味はあったのかもしれない。

もし全部順調なら、
見えなかった景色もある。

人の孤独。
苦しさ。
報われなさ。

そういう感覚を、
少しは理解できるようになった。

だから最近は、
「何でこんな人生だったんだ」
より、

「まだ役目が残っているのかな」

そう考える時がある。

生きるって、
自分の力だけでは
説明できない部分もある。

結局、
人生って、
自分で生きているようで、

どこかで
“生かされている”部分も
あるのかもしれない。

そんなことを、
年を取るほど
感じるようになった。

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