【人生設計】人を見る目がない…と思ったときに、考えたこと
「自分は、人を見る目がない気がする」
そう思う瞬間って、たぶん誰にでもある。
信じた相手に裏切られたとき。
期待した人が、まったく違ったとき。
一緒に組んだ相手が、結局うまくいかなかったとき。
そのたびに、
「また外した」
「自分は見る目がないんだな」
って、少しずつ自信が削れていく。
でも、ある時から、こう思うようになった。
人を見る目がない、というより、
“見たいものだけを見ていた”ことのほうが多いんじゃないか、と。
最初から、サインは出ていることが多い。
言っていることと、やっていることがズレている。
責任の取り方が、いつも曖昧。
都合が悪くなると、話をはぐらかす。
でも、そのときは
「たまたまだよね」
「忙しいだけだよね」
「悪い人じゃないし」
って、自分のほうが勝手に補正してしまう。
つまり、
見えていなかったんじゃなくて、
見ないようにしていただけだったりする。
もうひとつ思うのは、
人は「性格」より「構造」で見るほうが、だいぶ外しにくいということ。
・その人は、どんな立場にいるのか
・どんな責任を負っているのか
・何によって評価される場所にいるのか
・逃げ道がある配置なのか、ない配置なのか
ここを見ると、
「この人は、どう振る舞うか」は、わりと予測できる。
いい人かどうかより、
この構造の中で、この人は誠実でいられるか。
そこを見るほうが、現実的だと思う。
それでも、外すときは外す。
人間なんだから、仕方ない。
大事なのは、
「見る目がない自分」を責め続けることじゃなくて、
次から、どこを見るかを少し変えることなんだと思う。
・言葉より、行動を見る
・肩書きより、責任の取り方を見る
・好意より、継続性を見る
・優しさより、都合が悪いときの態度を見る
ここを少し意識するだけで、
「大外し」は、かなり減る。
人を見る目って、
才能じゃなくて、たぶん調整していく感覚なんだと思う。
何度か外して、
少しずつ見る場所がズレてきて、
そのうち「まあ、こんなもんか」という精度に落ち着く。
完璧に見抜けるようには、たぶんならない。
でも、自分を大怪我させない程度には、ちゃんと育つ。
それで十分なんじゃないか、と思っている。
