見出し画像

【子育て】子どもが小さい頃にしか味わえない幸せは、確かにある

子どもが大きくなると、
ふと気づくことがある。

「あの時間は、もう戻らないんだな」という感覚だ。

毎日が大変だった。
寝不足で、余裕もなくて、
自分の時間なんてほとんどなかった。
正直、しんどいと思うことのほうが多かった。

でも、だからといって、
あの時間が“ただの大変な時期”だったかと言われると、
それだけでは片づけられない。

あの頃にしかない幸せは、確かにあった。

小さい子どもは、
とにかく近い。

物理的にも近いし、
感情的にも近い。

抱っこをすれば体温がそのまま伝わる。
手をつなげば、それだけで安心する。
名前を呼ばれれば、
それだけで世界が成立している感じがある。

あの距離感は、
ある時期を過ぎると確実に変わる。

成長すればするほど、
子どもは自分の世界を持つ。
友達ができる。
学校が中心になる。
親はその外側に回っていく。

それは自然なことだし、
むしろそうならないと困る。

でもその分、
あの“無条件で近かった時間”は
確実に減っていく。

そして一度減ると、
同じ形ではもう戻らない。

子どもが小さい頃の幸せは、
派手じゃない。

旅行に行ったとか、
特別なイベントがあったとか、
そういうものじゃない。

むしろ、
何でもない時間の中にある。

一緒にご飯を食べる。
くだらないことで笑う。
寝る前に少し話す。
意味のない会話をする。
同じテレビを見ている。

そういう、
記録にも残らないような時間が、
あとから思い返すと一番濃い。

ただ、その最中にいると、
それに気づくのは難しい。

忙しい。
余裕がない。
やることが多すぎる。

だから、
「大変だった」という記憶のほうが強くなる。

でも少し時間がたつと、
違う見え方をしてくる。

あの時、
あんなふうに呼ばれていたな。
あんなことで喜んでいたな。
あんな距離で一緒にいられたな。

そういう断片が、
じわっと効いてくる。

そして同時に思う。
もう一度あの時に戻りたいかと言われると、
たぶん戻れない。

あの体力はもうない。
あの生活はもうできない。
今のほうが楽な部分も多い。

でも、
“あの時にしかなかったもの”があったのも事実だ。

子どもが小さい頃の幸せは、
今の幸せとは種類が違う。

比べるものではないし、
どちらが上という話でもない。

ただ、
その時期にしか味わえない質のものがある。

だから、
全部を完璧に味わえなくてもいいと思う。

忙しくてもいい。
余裕がなくてもいい。
全部をちゃんと覚えていなくてもいい。

ただ、
「あの時間は確かにあった」と思えるだけで、
十分なんじゃないかと思う。

子どもは成長する。
距離は変わる。
関係も変わる。

でも、
一度一緒に過ごした時間は、
形を変えて残り続ける。

子どもが小さい頃にしか味わえない幸せは、
確かにある。

そしてそれは、
気づいた時にはもう過ぎているからこそ、
あとから静かに効いてくるのだと思う。

いいなと思ったら応援しよう!