家族の国際化まであとなんねん?🗣️🇯🇵🔜🌱🤝🌸

スキ制限というやさしいおやすみなさいな、機能に礼を言いぼーっと寝支度をしていました。

クラスメイトに自分の出生国以外の友達を見かける事は私の学生時代にも普通にありました。
ご近所さんも同じくですがボリュームで言えばご近所さんの方が多かった印象です。

英字新聞がポストから覗いている風景。
小学生新聞的なこども新聞が届くお家もあって思い出すと懐かしく鼻腔を擽ります。

家族が私の場合全員日本人でして全員日本語の東京弁のみの話者です。
昔に友と話した事でもあるのですが一体今からどれぐらい経つと家族の国際色が豊かな時代になるでしょうか。

その時は早くて30年くらいじゃないかな、なんて四方山話しをしました。
お父さんとお母さんの出身国が異なることが自然な社会。そのまたお父さんお母さんも。
そうして学校や幼稚園でおともだちができる時、そのうれしさたのしさを同時に得る社会と世界。
勿論同じ国同士もボリュームのひとつ。

おうちでの共通語は何になるのかな?とかごはんの献立や食材ってどうなっていくんだろう?
スーパーや家庭菜園など普段からお目に掛かれる野菜に果物に生鮮食品群、調味料や調理器具。ファッションに生活様式に今は存在が僅かなお店やメニューもどんどん増えて賑やかに。

ちょっと想像するだけでお腹が減ってきそうです。
それに仕事の種類や行ってみたい旅先や働いてみたい国、年代ごとの居住地など、それぞれが持っているのもデフォルトになりそうですよね。 
それらを休み時間に持ち寄ってたのしく夢を膨らませて地図を指で追いながら、地球儀を回しながら語らう教室のひとコマ。

その頃には学校の食はどうなっているだろう?
給食、出張販売のパン屋さん、お弁当、が私の頃の花形でしたが皆んなの描くお昼の顔ぶれはどうでしょうか。

今でさえお雑煮に始まりカレーに入れるお肉や食材、麺類のスープのあれこれに透明度、お出汁にお祭り、方言に歩行速度や体感速度に日照時間とお国柄、さとならではのイベントや挨拶はバリエーション豊かです。

しかし親戚ご近所さん付き合いが薄いなど私の家では私を含んで鎖国っぽいムーブが止まりませんでした。
だから国際化以前に日本化地元化ってもんが同時にあってもいいよなと相変わらず先祖返りっぽい事も思ったりしています。

見る世界、行ける世界が広がることは私を潤す。その為にも近頃取り組んでいる体づくりと境界線、私たちが安心して表現発言をする場づくり、の三つを真剣にやっていくことがだいじでなかなかどうしてこれがむつかしくて皆んなに教わるまいにちです。

でもちょっとずつでいいんだよー、って声が多いから安心しています。

いつもありがとうございます。

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