遺っていく名前と繋がる記憶
こんにちは。
私が子どもの頃の定番ブームといえば昆虫採集や切手収集で男の子は特に長くこれに取り組んでいる子が多く夏休みの宿題にはその集大成をぶっ込んでくるような力作大作を発表していました。
クワガタやカブトムシの名前や種類にも詳しくて、何事にもちんぷんかんの私にも優しく一目でわかるモデルといろんなお話しを聞かせてくれました。
切手図鑑や古銭図鑑のほんものを間近で見るさいしょの機会だったように振り返っています。
一方その頃女の子たちはシール集めやリボンあつめに折り紙交換などに張り切っていました。
これとこれは等価交換になるのか?をクールに分析して豪商みたいな地位を築き巨万の富を築いているおともだちもいれば、そういうことは浮かばずに淡々と黙々と導かれる方へと歩を進め。見た事もない憧れをコレクションするおともだち。なかにはときたま思い出したように発作的コレクションをしてはにんまりしている子などそれはたのしい思い出です。
こうして見ると男子はその生態と社会性との折り合いが非常にマッチしているというか実際に価値が金銭に変換されるような道筋を遊びや趣味を通じて獲得している傾向ってあるのかな?と感じられました。
女子はまた違った角度からのイメージソースやインスピレーションのエリアを拡げるような心身の使い方が自ずとできてる傾向?、と何となく思いました。
長じて大人になりますと、私みたいな出不精はお酒の博物館こと酒蔵さんでの利き酒体験🍶や。マスターやバーテンダーさんにお任せの目にも心にも舌にも美味しい創作カクテル🍸といった液体系の博物館を一二度嗜むに留まるくらい学習とは縁がない暮らしをしており。
三つ子の魂百までって言うけどほんとだなーーと思います。
何に触れていくかを教わるのが小学校からの勉強やみんなとのクラス、コミュニティ生活なんだと思います。
如何に日頃から触れられるか、その触れ方。
一方大学や専門学校の先生というのは、
上記に加えて更にエリアを広く取り。
触れたことがないからこそ触れてみよう、触れてこなかった事は問題ではありません。
一緒にここから始めてみませんか、を手渡すような暮らしなのかなあ。と感じられたりもしています。
🌳
所変わってこの時期お墓参りやお仏壇に手を合わせるシーズンの到来です🍡🍵💐🙏🪻
お墓は🪦おうちの博物館なんだろうなあ、💭🎀と夢想しています🔔🍀
そうなってくると、
😶🌫️本屋さんや図書館は公共の本の博物館で、おうちの本棚は個人博物館で、💭🎀〜〜🫧
じゃあ冷蔵庫も歴としたかぞくの胃袋や発育や成長の記録を宿し続けているまさしく生の個人博物館で。当然ここには未来をも記録し続ける宇宙的な空間を内包含有している事は言うまでもありません🙇♀️🙏💐
きっと冷蔵庫は身近なアドバイザーでお馴染み街の水道屋さんのステッカーマグシールが踊るドアのあのメモ書きはアドバイザリーボードです💪✨🍀
そして食卓のテーブルは交信の場。手描きのメモにラップがされたおにぎりや🍙あれやこれ。
家族の笑顔や安心が数多く繰り返し集う博物館です。
スーパーやお店さんは地域特性の高い新進気鋭のミュージアムで。するってえと、……。
といった数珠繋ぎの、と言ったら聞こえがいいですが💦単にぼんやりとああ、あれもこれもそうなのかーなどと雪崩式夢想タイム☃️💭に身を任せている今です。
おはかはおうちの博物館で先祖代々一人ひとりの銘が刻まれています。
風雪に晒されても消えることのない刻印。卒塔婆もその名前しか知らないけれど木に墨書きで石に手彫りされたかのようでその風情と佇まいは心が安らぐな、と私は感じます。
神社で見かけるいろんな方の御名前も時に旗、石とやはり布と石に銘打たれています。
特に幟旗風のあの御名前の旗々が風に靡き空に向かってそよいでいるのを見ると胸がぐっ、となります。涙が込み上げるような上を自然と向いてしまうあの感覚。
この感覚に覚えのあるお仲間も多くいらっしゃると思います。
子どもの頃よりはじまり触れる機会のあった寄せ書きやサイン帳、七夕の🎋短冊におてがみ。
大人になりお子さんに恵まれる方は名付け、いつの日にか旅立つ日には戒名を授かる今にも変わらず息吹く連綿と続いてきた昔からの暮らしとリズム。
死した後にも残せるなら、生きて暮らしているうちからもその準備はできるのじゃないだろうか?
そんな事を思う日でした。
いつもありがとうございます
おからだますます健やかにとってもだいじにしてください
共にヒーローを胸に今日をはじめてみませんか?
💐♾️👏
🙇♀️🍀🎀🔔🙏

