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しまなみ海道完走記(2025.3.18)


今回の旅のGoogleマイマップ


尾道→駅前渡船→向島

 6時半頃起床。即身支度。窓外から渡し舟のエンジン音が既に聴こえてくる。ここは、尾道駅徒歩四分のビジネスホテルの四階だ。このエンジン音は、尾道に三航路ある渡し舟の一つ「福本渡船」のものである。この部屋の窓から、その姿が見える。


 即チェックアウト。レンタサイクルに直行。営業開始は7時からだが、既に二、三人の列が出来ている。欧米人だ。並んで待っていると係員がやってきて、看板のQRコードを読み込み、専用サイトから当日分の予約手続きをするように言われる。その通りにすると、リザルト画面をスクショしておくようにと言われたので、これもその通りにする。電源ボタンと、音量ボタンの下部分を同時に一瞬だけ押す、例の操作だ。少し待たされた後、窓口でそのリザルト画面を見せ、手続き完了。

 借りたのは、ママチャリタイプの電動アシストサイクル。黄色い車体のブリジストン製、ステップクルーズという車種だ。荷物があるので、前カゴがあるタイプが良いと思いこれにした。窓口のオバちゃんによると、電動アシストサイクルの当日分は、もう残り二、三台ぐらいしかないと言う。朝一で来て正解だった。
 ヘルメットも合わせて借りる。周囲の客は、やはり欧米系白人が多い。高齢の係員が、必死になって英語で対応している。
 近隣のローソンでホットコーヒーと水を買う。自分は、コーヒーを飲む時は大抵ブラックだが、今日はこれから一日中運動し続けることを考え、砂糖入りのコーヒーにする。

 このローソンの駐輪場で、右ハンドルに、持参したアクションカメラのマウント台を取り付け、準備完了。7時23分出発。
 7時28分、最も駅から近い船着き場の「駅前渡船」に乗船。客は自分以外に、数人のサイクリストと数台の車。船尾から乗り込み、詰めて船首に陣取る。尾道水道を進む船の、前面展望を楽しめるポジションだ。朝の光に照らされた穏やかな水景に、船のエンジンの律動音。これから始まる長い旅路の、オープニングに相応しい風景だと思う。

 途中、福本渡船や、その他の船とすれ違う。
 この前面展望の動画を撮影していると、係員のオッサンがやってきて、運賃の回収を始める。福本渡船に昨日乗った時は向島側で回収されたが、この駅前渡船は船内で回収らしい。110円。世間一般の、コミュニティバスと大体同じぐらいだろうか? これが適正価格か?。いや、これでも安過ぎでは? 昨日乗った「福本渡船」の運賃は片道60円で、幾ら何でも安過ぎると思ったが……。
 駅前渡船の船は、向島の水路を奥までゆっくりと進む。水路脇の道路を、乗用車や通学の自転車が走っていく。追い抜かれる。

 7時35分頃、向島着。この、駅前渡船の向島側の船着き場は、昨日も見に来た所だ。下船時に、これから船に乗って尾道方面へ向かう、多数の通勤通学客とすれ違う。
 向島の路面には、水色で自転車専用レーンが書かれている。この先は、このレーンの矢印に従って、しまなみ海道を走っていくことになる。
 

向島→因島大橋→因島 

 最初の島、向島を順調に走っていく。普通の車道に、普通の建物が並んでいる感じだ。まだ朝早いからか、車も人もそこまで多くない。走っているとやがて海に突き当り、進行方向右手に海を見ながら南下する形となる。
 海上にかかる赤い橋が見えてくる。この向島と、西隣にある岩子島という島を繋ぐ、向島大橋だ。この橋は、しまなみ海道のルートではない。7時53分頃、その下をくぐる。
 7時57分、小さな公園で休憩。しまなみ海道の道中にはベンチや休憩所が点在し、人々は自分のペースで走り、休むことができる。8時5分走行再開。更に南下すると、最初に渡る橋、因島大橋が見えてくる。ここ向島と因島とを結ぶ白い橋だ。
 しまなみ海道の全ての橋に共通していることだが、高速道路の海上橋区間に、歩行者道や自転車道が付設された構造となっている。つまり、自転車乗りや歩行者は、海峡にかかる橋を渡るたびに、その高速道路の橋の高さまで、坂道を登らなければならない。この坂道が、かなり長く、また曲がりくねっているのだ。
 登る。電動アシストサイクルを借りることが出来て、本当に良かった。普通の自転車でこの坂を登る労力は、かなりのものだろう。
 このブリジストン製の電動サイクルの操作パネルは、自分が所有しているパナソニック製の電動サイクルと、見た目のデザインは少し異なるが、根本的な機構はほぼ同じだ。電動アシスト機能の強弱を、左ハンドルのそのパネルで調整し、機械側の操作は、右ハンドルグリップの回転式ギアをカチカチと回して切り替える。
 因島大橋の本体に着く。この、橋の入口付近にも休憩所があり、中々景色が良い。しばし足を止めて眺める。
 因島大橋は二段構造になっていて、上段が高速道路、下段が歩道と自動車道になっている。下段は、橋梁の武骨な構造物が剥き出しとなっていて、薄暗くて殺風景だ。進む。左右は瀬戸内海の海峡と島々とを高所から眺める佳景なのだが、フェンスによって遮られ、その楽しみは半減だ。渡る。8時36分、因島上陸。橋を渡り終えたら、今度は高速道路の高架から、坂道を下って行く。重力に任せて放置するだけので、下りは楽で良い。節電のため、電チャリのパワーも最弱にする。爽快だ。

因島→生口橋→生口島


 しまなみ海道の本州側から二つ目の島、因島。この島でも、進行方向右手に海を見ながら走る。右前方に、巨大クレーン群。これも造船所のものだろう。大迫力だ。足を止め、写す。



 しばらく走っているとサイクリングルートは左折し、因島の内陸部を進むようになる。それなりに起伏がある。8時54分頃、因島フラワーセンターの前を通る。今日火曜日は休みであるという。今回は、しまなみ海道の走破が最優先事項で、観光要素を入れる気は元々それほどない。駐車場の公衆トイレを使わせてもらう。因島はかつて、除虫菊の栽培が盛んであったと言う。
 しばらく進むと、再び海岸線沿いに出る。南下。やがて進行方向右手に、巨大な橋梁が見えてくる。二つ目の橋、生口橋だ。あの橋を渡れば、三番目の島、生口島だ。まだ遠い。
 目指して進む。やがてその真下まで辿り着くが、まだ橋の入口ではない。高速道路入口の看板は目の前にあるが、我々自転車と歩行者の入口は、一度橋の下をくぐって、もう少し進んだ所にある。
 橋の入口付近で休んでいると、一組の外国人カップルが走ってくる。白いペアルックだ。英語ではない言語を話している。フランス語? この入口に気付かなかったのか、通り過ぎて先の方まで行ってしまった。
 途中休憩しつつ登る。休憩している間に、さっきの白人カップルに追いつかれ、追い越される。生口橋の本体に着いたのが9時39分。この橋は、車道の脇に歩道と自転車道が付設されている構造なので、瀬戸内の眺望を高所から楽しめる。

 9時47分頃、生口橋を渡り終わる。この生口橋の生口島側には、記念スタンプが置いてある。さっきの外国人カップルが押している。自分も押す。屋外にそのまま置かれているので、かなりボロボロとなっている。(しまなみ海道の橋の中で、橋そのものにスタンプが置かれていたのは、ここだけであった。)

生口島→瀬戸田サンセットビーチ→多々羅大橋→大三島



 三番目の島、生口島に上陸。坂を下りた所にセブンイレブンがある。セブンイレブン生口島北インター店。飲み物を補給する。自分以外にもサイクリストの姿がある。
 生口島のサイクリングルートは、島の北側を走る反時計回りのルートと、南側を走る時計回りのルートがあるようだが、今回は北側ルートを選んだ。選んだと言うより、水色の自転車レーンに従って進んでいたら、自然にそっちを走っていた感じだ。

 右手に海を見ながら走る。海沿いには工業施設が点在している。この島でも遠景には巨大なクレーン。(後記:生口島の北海岸には、内海造船の瀬戸田工場が所在している。このサイクリングの一ヵ月ほど前の二〇二三年二月、私は北海道旅行の帰路に室蘭から青森までフェリーに乗ったのだが、その青蘭連絡船「ブルーマーメイド」が建造されたのが、この工場であるという。縁を感じる。また、この道を走った三月の時点では、青蘭フェリーの新造船「ブルーグレイス」が、この工場で建造されていたとのこと。この旅の約一週間後の三月二十四日に進水式。)
 ローソン、ファミマの前を通り、市街地に入る。平山郁夫美術館の案内がある。平山はこの島の出身とのことだ。興味を惹かれるが、今日はスルーだ。
 市街地を抜け、再び海岸線沿いを走る。生口島西海岸には、ゆるくカーブした道に沿って、背の高い椰子の木が整然と植えられ、遠くまで並ぶ。この美しい道は、サンセットロードと呼称されているらしい。海風がやや吹いている。

 途中、海上に佇む「波の翼」という現代美術を発見。三角形のパネルが組み合わさった可動体を先端に掲げたオブジェだ。可動体部分は風を受け、常にフワフワと僅かに動いている。環境アートの一種と捉えて良い物であろうか。オブジェとしては自己主張が控え目で、この空間で最も尊重されるべき自然の景観美を、妨げたり損なったりはしない。環境と調和した自己抑制的な表現と美がある。気に入る。私以外にも一人、女性の撮影者が居た。
 ここ生口島では「島ごと美術館」というコンセプトを立て、島内各所に現代美術を設置しているという。

 瀬戸田サンセットビーチの、レンタサイクルターミナルでしばし休憩。広くはないが、美麗な砂浜だ。その名の通り、日の入りの時間帯に来たら、さぞ美しいであろうなと想像される。この砂浜からも、対岸にはやはり造船所が見える。このビーチにも幾つか現代美術のオブジェがあったが、余り記憶に残らなかった。
 ここのレンタサイクルターミナルでは、電動自転車のバッテリー交換が出来るが、残量に余裕があるため、まだ行わない。そのまま西海岸を南下し続けると、やがて第三の橋、多々羅大橋が見えてくる。11時26分、多々羅大橋着。渡り始める。この橋の途中に、広島県と愛媛県との県境がある。


 一度自転車を止め、県境が示された路面を撮影。11時31分、県境越え。愛媛県に入るのは、人生で初めてだ。11時34分、大三島に上陸。本州側から数えて四番目の島となる。

大三島の道の駅でバッテリー交換→大三島橋→伯方島


 そろそろ昼飯時だ。腹が減ってきた。そもそも今日は朝食らしい朝食を食べていない。途中のコンビニで軽食を齧っただけだ。
 多々羅大橋から高架橋を降りた所に、道の駅がある。丁度良い。ここで休憩し、飯を喰うこととする。行程的にも、全経路の大体半分弱を走った所だ。館内の一隅には生簀が並び、瀬戸内の海産物が美味い店であることを予感させる。食券制のレストランには、やはり寿司や海鮮のメニューがある。だが、今日は止めておく。午後も走り続けるため、当然酒は呑めない。美味い海産物をアルコール無しで食べるのは、かえってストレスになるからだ。また、生ものは万が一の食当たりも怖い。加えて、午後も運動するのだから、それほど内臓に負担がかからない、重くないものを選びたい。ここは無難に、鯛めしとかけそばのセットとした。これだと財布にも優しい。

 かけそばは、やはり関西風のうどん出汁のそばであった。山陽地方のそばは大体こんなものなのであろう。暖まり、一息つく。レストランのテラスから、今渡ってきた多々羅大橋を眺める。少し雲が出てきたようだ。


 休憩中に旅行アプリを見ていると、ここ大三島のゲストハウスに空室がある。しまなみ海道途中の宿泊施設は、いつ調べてもほぼ満室だったのだが、直前キャンセルでも出たのであろうか? 自分でも、宿泊可能な価格だ。一泊すれば、旅程に余裕が出て、よりノンビリとこの美しい旅を楽しむことが出来るし、途中で何かのアクティビティを挟むことも可能になる。誘惑だ。しかし、まださほど疲れていない。まだ走れる。少し迷ったが、旅を続けることとした。

 海に面した広場に「サイクリストの聖地」の碑が立てられている。台湾のサイクリスト協会と共同で立てられたものだという。
 旅行アプリを再度チラ見すると、次の伯方島にも、民宿の空室が一つある。伯方島の南東の隅の方で、しまなみ海道からは少し外れている。
 
 この道の駅には、サイクルステーションがある。南行きのサイクリストにとっては、バッテリー交換が出来る最後のポイントだ。係員のオバちゃんに話しかけると、こちらが何かを発声する前に素早く察して「バッテリー交換ですか?」と聞かれる。予め用意してあった予備バッテリーを取り出す。極めて迅速で、実に気が利いている。
 12時49分頃、道の駅多々羅を出発。しばらくは幹線道路を走る。進行方向の左側、東が海だ。今までとは逆である。四番目の橋、大三島橋を目指す。やがて見えてくる。

 案内板によると、大三島と次の伯方島の海峡は、およそ三百メートル。幅が狭く、船にとっては難所であり、鼻栗瀬戸と呼称されているという。実際、大三島橋を見た感じでは、今まで渡ってきたどの橋よりも短い。 

伯方島→伯方・大島大橋→大島にて雨に降られる


 すぐに渡り終える。13時20分頃、伯方島上陸。本州側から五番目の島だ。スーパーで売られている「伯方の塩」の伯方である。内陸部をしばらく走っていくと、造船所の巨大クレーンが見えて来る。造船所のクレーンは、今までに何度も見てきたが、この場所が最も至近距離ではないかと思う。足を止めしばらく眺める。しまなみ海道の島々の風景は、互いに似通っていて、それでもそれぞれに違った個性があるなと思う。


 西海岸に出てしばらく進むと、道の駅がある。マリンオアシス伯方。小休憩。土産物屋には伯方の塩に関するものと、柑橘類を使った食品類が多い。「まどんな」の名を冠した菓子類がある。言うまでも無く、漱石の『坊ちゃん』にあやかったものだろう。愛媛県だなぁと思う。個別包装のものを、一つだけ買って食べる。早食いしたため、味は余り分からなかった。『坊ちゃん』のマドンナって、赤シャツの金と権力に屈して、元の婚約者のうらなり君を捨てた女じゃなかったか、坊ちゃんとその盟友である山嵐は、そんな赤シャツと松山の街が大嫌いになって、生卵を投げつけて出奔するあのエンディングになったのではと、思い出す。


 道の駅のスタンプを発見。押す。もしかしたら、さっき昼飯を食べた、道の駅多々羅にも、午前中に立ち寄った生口島のサイクルステーションにも、スタンプが置かれていたのかも知れない。見逃した。残念。

 この道の駅の海側はビーチになっている。背の高い椰子の樹が、海岸線と並行した美しいカーブを描いて、遠くまで等間隔に植えられている。ビーチの先に、五番目の橋、伯方・大島大橋が見える。椰子の葉は強風に吹かれ、激しくはためいている。空模様が怪しくなってきた。
 14時06分、道の駅伯方発。14時15分頃、伯方・大島大橋の北詰。渡る。14時22分、六番目の島、大島に上陸。高架を降りたところに撮影スポットがあったので、橋の下を通り海峡を進む船をしばし撮影する。

 大島のサイクリングルートは、東海岸沿いだ。進行方向左手が海岸線となる。今までで最も海に近く、また視界を遮る構造物も少ない。良い感じで進んでいたが、やがて雨が降り始めた。なかなか大粒の雨で、屋根のある所に一刻も早く避難したい。しまなみ海道の最も美しい区間の一つを、雨に降られながら大急ぎで駆け抜ける羽目になってしまった。寒い。
 道なりに駆けていくと、小さな市街地に至る。商業施設は見当たらないが、フェリー乗り場がある。その待合所「宮窪港船客待合所」に逃げ込む。14時33分。

 雨はしばらく止む気配が無い。飲み物の自販機はあるが、食べ物は売っていない。無人だ。

宮窪港船客待合所にて雨宿り


 宮窪港船客待合所で雨宿りをしていると、父親と息子らしき少年二人連れの、三人組が入ってくる。私と同様、雨宿りのサイクリストのようだ。三人とも、黒いサイクリングウェアを着ている。
 この父親らしき人物が気さくな人物で、関西弁で色々と話しかけてくる。高いコミュニケーション能力、陽気な喋り、いかにも大阪人といった感じがする。少し世間話をする。(この人物は、元カプコン重役のユーチューバー、岡本吉起氏に、顔も喋り方も激似であった。)
 スマホで天気予報を見る。雨雲レーダーの地図上には、雨雲を示す青いドットが南北に細長い帯となって、広島から愛媛までを覆っている。その西側は晴れているようだが、しばらく降り続ける様子だ。
 雨宿りのサイクリストが、船客待合所に続々と避難してくる。時ならぬ混雑。欧米系白人男性も、三人ほど居る。
 やはり、どこかで一泊した方が良かったのかもと思う。しかし今検索しても、宿はどこも空いていない。
 関西人の父親は、やがてスマホで電話をかけ始めた。レスキュー用のワゴンタクシーを手配しているようだ。何らかの理由で走行不可能になったサイクリストのために、自転車ごと最寄りの拠点まで運んでくれるサービスが、しまなみ海道にはあるのだ。金額はおそらく高速道路料金込みで、結構かかるようだが、さすがに関西人! 損切りが早い!
 他のサイクリスト達も、同様にレスキューの電話をかけ始める。外国人グループも同様だ。聞いていると、英語で対応してくれるサービスもあるようだ。
 関西人の父親によると、レスキュー用のワゴンタクシー一台につき、自転車は二台まで乗せられるという。三人組なので、ワゴンは二台呼んだと言う。「自転車一台分のスペースが余るので、良かったら一緒に乗って行きませんか?」と誘われる。百パーセント善意の申し出だ。だが悪魔の囁きのようにも聴こえる。迷う。何しろ自分は、旅費と有休休暇をそれなりに投じて、このしまなみ海道に挑んでいる。有難い申し出だが、そう簡単に諦めたくはない。迷っている。(『鉄塔武蔵野線』に、こんなシーンがあったかな?) 「もうしばらく待ってみます」と答えた。
 やがて、人々が呼んだワゴンタクシーが順番に到着し始める。最初に来たのが、関西人家族の父親が呼んだ車だ。自転車を積み込んでいく。出発時にもう一度「本当に、乗って行きませんか?」と聞かれたが、再度自分は断る。ここで、私の運命は決定された。


 他のサイクリストも、それぞれに呼んだワゴンに乗って、次々と去っていく。暖房も無く底冷えのする三月のフェリー待合所には、私と、船を待つ老夫婦の三人だけが残される。周辺の宿泊施設を何度か検索したが、空室は全く見つからない。


 だが私は、まだ希望を捨てていない。天気予報自体も、リアルタイムで変わり続けている。スマホで見ている雨雲レーダーの、雨雲を示す青いドットは、時間経過とともに、薄く細くなっている。「あと20分後に雨がやみます」と表示されたのは、15時50分のことだ。


 16時丁度。宮窪港に船がやってきたので、窓ガラス越しに撮影する。
 

走行再開→道の駅吉海→来島海峡第一大橋


 大分小雨になってきた。この程度の雨ならば、走行可能と判断。16時02分、宮窪港船客待合所を出発。走行再開だ。
 ここ宮窪港は大島の東海岸に位置する。西海岸まで、島の内陸部を突っ走る。多少の登り坂であるが、ゆっくり休んだ後なので、別に何でもない。ここ大島は、石材の一大産地らしく、道中では関連施設の看板を見かける。

 16時36分、道の駅吉海着。西海岸に面した道の駅で、日中は渦潮見物の遊覧船が運航されている。今の時間は営業を終了している。土産物屋の他に、海産物の直売所があって、店内には生簀が多数あるが、やはり営業は終了している。客の姿はまばらだ。スタンプがあるので押す。



 これから渡る、最後にして最長の橋梁、来島海峡大橋が夕日に染まっている。海鳥が遊弋している。撮影していると、若者三人組が前を横切る。雨がやんで走行を再開したサイクリストが、私以外にもチラホラいるようだ。


 17時00分、道の駅吉海発。17時15分、来島海峡第一大橋の北詰に到達。西からの強風に煽られ、吹き流しは常に水平に近い姿勢を取る。寒い。自動車道を駆け抜ける車達の走行音が、荒涼さをいや増している。闘志が湧く。これが最後の橋だ。行こう。
 駆ける。落日に照らされ赤く染められた巨大構造物に、強風が絶えず吹き付け、形容しがたい不気味な高音を奏でる。風鳴りと言うには余りにも機械的で、金属音のようであり、マイクのハウリング音のようでもある。ラストダンジョン、いやラスボスそのものだ。この旅の最終関門に、相応しい舞台装置だ。
 17時24分頃、第一大橋を走破。橋上に休憩スペースが設けられている。そこからの眺めは絶景だが、強風のため、撮影には慎重さが求められる。油断していると、スマホが風で持っていかれそうだ。続く第二大橋の方向からは、最終関門のBGMがより強く響いてくる。
 この音は、橋のワイヤー部分が強風に弾かれて、弦楽器のような原理で鳴っているのか? それとも橋の構造物を風が吹き抜けることで、管楽器のような原理で鳴っているのか? 私には分からない。
 (後記:ただ、海上の人工物に強風が当たって高音域の音を立てるというシチュエーションから、平成初期のアニメ『機動警察パトレイバー』の映画版第一作を思い出した。)

来島海峡第二大橋から、上海航路の船を目撃


 引き続き第二大橋を走る。強風が体温を奪い続ける。このラスボスのBGM自体に、デバフ効果や、スリップ効果(HP逓減)があるような感じだ。低温のためか、自転車のバッテリーも減少が早いように感じる。

 途中、17時32分、橋の直下を西に航行する大型船舶が視界に入る。客船のようだ。白い船体に青でアルファベットが書かれていて、どうやら中国語のピンインであることまでは見当がついたが、詳細は分からない。それでも、たまたま希少なタイミングで、希少な船舶を希少な角度から、今目撃しているのだということは直感した。足を止め、欄干の間からスマホを差し出し撮影。落とさないように細心の注意を払う。下は海だ。撮影している間も強風が吹きつけ、高音が鳴り続ける。



 (後記:後ほど調べると、この船は大阪・神戸と上海を往復する「真鑑真」という船のようであった。運航は週に一往復。つまり、この曜日のこの時間に、来島海峡第二大橋を通らないと、目撃することは出来ない。雨に降られずに順調に進んでも、どこか途中で一泊しても、見られなかった船だ。僥倖だ。ここまで走ってきた私の苦労に対し、タイミングの女神が微笑んでくれたのであろう。)(初代ポケモンにおいて、双眼鏡から伝説の鳥ポケモンの一、フリーザーをチラ見する演出があったが、それと類似の体験かもしれない。)


 17時39分、第二大橋も渡り終える。第二大橋と第三大橋の間には、馬島という小島がある。一般の自動車は降りることが出来ず、自転車やバイクと歩行者だけが、専用のエレベーターで上陸が可能であるという。橋の下段にあるエレベーターを見つけ、17時46分、馬島に降り立つ。


 私以外には、観光客は誰も居ない。周囲には特に何も無い。夕日に照らされた第三大橋が遠くまで続く姿が美しい。
 ハイウェイパトロールの車を一台目撃する。馬島へ降りるインターチェンジは、このような許可を得た車輛のみ通行可能だという。
 島を探索する時間は、さすがに無い。第三大橋の橋上に戻り、前進を続ける。ラスボスの最終形態、最後の最後だ。私から見て、日没の方向に向かって伸びている。ただ走る。
 すれ違うサイクリストも、自動車道の車も、皆急いでいるように見える。
 やがて、四国本土の沿岸部に蝟集する、無数のクレーン群が見えて来る。第三大橋を渡り終え、下りのループ線を走る私を迎えるように、18時を知らせる防災無線が鳴る。エンディングだ。18時02分、四国本島に上陸。
 

今治駅前にゴールイン

 
 後はサイクルステーションに、自転車を返却するだけだ。この、来島海峡大橋の四国本土側にも道の駅があったのだが、疲労のためか案内板を見逃してしまう。そのまま直接、今治駅を目指すこととなった。
 今治市街地の道路を、南西方向に適当に進む。特に変わった所も無い、普通の地方都市のロードサイドの風景。やがて地上を走る線路に当たる。JR四国、予讃線だ。後は、この線路に沿った国道を、ひたすら東に進めば良い。そのうち今治駅に着くだろう。
 しばらく走っていると、予讃線の線路は勾配を上昇し始め、高架上を走るようになる。駅が近いことを感じさせる。


 18時37分、今治駅前サイクルステーション着。しまなみ海道を無事完走した。尾道を出発したのが朝の7時半ぐらいだから、11時間ほどかかった事になる。しまなみ海道サイクリングコースの全長が、70キロとされているから、単純に70割る11で計算すると、時速6.36キロ位の速度となる。
 途中、しばしば足を止め撮影に興じた事や、一時間半ほど雨宿りをしたことを考慮しても、さすがに遅い。今の自分の体力は、こんなものなのかと思わざるをえない。健康な若者なら、昼過ぎぐらいには走破可能であろうし、タイムアタックに全振りすれば午前中にも攻略可能であろう。
 だが今回の旅は、速さを競うことが目的ではない。多島海の景観を充分に楽しめ、自分としては満足だ。
 ある島の向こうに、常に次の島が存在しているという地理的条件は、その土地に生きる者、見る者の精神形成に少なからず影響を与えるだろう。少なくとも、果てしない水平線の太平洋や、冬に荒れる日本海を見て育った人間とは異なる自然観、世界観を抱くようになるだろう。(無論、海そのものを見たことが無い人間とは大いに異なるだろう。)
 多島海や内海においては、交易路である海を通して、人間の世界はどこまでも続いているという、文明と世界に対する楽観性が育まれるのかもしれない。(また、その内海は豊かな漁場でもある)。他方で島に生きる人々には、他の環境の人間には分からない別の苦労があるのかもしれない。隣の島まで、空を飛んで行きたいという潜在的な願望を、島に住む人々は潜在的に抱いていて、その願望が具現化したのが、高速道路の高度の橋梁によって島々を結ぶ、しまなみ海道なのかもしれない。
 
 サイクルステーションの窓口で、自転車の返却手続き。他に利用者の姿は無く、もしかしたら、私がこの日の最後の返却者だったのかもしれない。朝、尾道で借りる時に撮ったスクショを係員に見せ、滞りなく終了。右ハンドルに取り付けていた私物のカメラマウントを取り外し、返却場に自転車を置けば終りだ。
 この、最後の最後で手間取る。寒さのために手がかじかんで指先に力が入らず、カメラマウントを固定するネジの部分を回せないのだ。朝の私は、随分と念入りに、固く締めたものだ。こんな所に! 裏ボスが待ち伏せているとわ!
 苦闘の末、ようやく外れる。これで本当に、全て終了。旅行アプリで予約した、駅近くのビジネスホテルにチェックイン。今夜のホテルは、建物も内装もフロントの係員も、全てが実に整然と、清潔に整えられている。ロビーの一隅には、自転車置き場が設けられている。(完)


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青条 詩的散文・物語性の無い散文を創作・公開しています。何か心に残るものがありましたら、サポート頂けると嬉しいです。

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