かなり朱い『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』を観る練習。
劇をはじめる。
2026年。明けましておめでとうございます。
志塚海斗です。劇作家です(本年も)。
M-1王者のたくろうが、毎回YouTubeで冒頭に「お笑い芸人です」と名乗るのだけど、それでM-1王者になったのだから、僕も毎度「劇作家です」と名乗ることで王者になれるはずだ。
かなり朱い『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』を観ました。劇はじめ。激はじめ。
ご察しの通り、どんな風に書き始めたものか完全にやり方を忘れました。でも頑張って書きます。
もしかしたら、何かしらの奇跡が起きて公演日程中に書き上げることが出来るかもしれなくて、その場合はネタバレになるかもしれません。

金井朱里と現代口語演劇。
かなり朱いは、金井朱里と那須舞鈴によるユニット。2人とも『上演されなかった戯曲集』でお世話になった。その時から、というかそれ以前から金井さんに関しては「これはもう無理だ、敵わない、強すぎる、なんだこれ」と思っていたので、『戯曲集』で一緒にやれたことは嬉しかったし、戦々恐々だったし(鬼神の如くウケていた)、その彼女が僕のエッセイを褒めてくれた時は嬉しい踊りを踊った。こういうのは一生言い続けた方がいい。
そんな金井さんの作・演出であり旗揚げ公演である本作。
最終的にでっかいハムスターと戦うことになる『VS BIG HAMSTER』とコンビニでゾンビに対してオペレーションし続ける『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』の2作品で構成される本公演。この2作品によって金井さんが何を描こうとしていたかを楽しく読み解く前に、その文体や演出について頑張って言葉を尽くしてみようと思う。
この間、言語化したがる若者たちみたいな記事を読んだ。結局は人より抜きん出ようとしてるんじゃないか、みたいなことが書いてあってクリティカルヒットだった。いやそうだけど、そう言うなよ。
なんで演出もできるんだよ。
まず、ただでさえ金井さんは劇作が上手い。身体の中にあるテンポ・リズム感がそもそもオフビートで面白いのに(彼女の演技を見てるとそう思う)、それをそのまま戯曲(テキスト)に落とし込めている感じがする。その結果、破茶滅茶な設定なのにするりと飲み込めてしまう。金井戯曲の奇抜なのに飲み込まれていくような、謎のドライブ感の正体は、おそらく彼女自身にとってはあの(主に構成の)テンポ感こそ自然であり、金井さんにとってはあの破茶滅茶こそが現実的だからなんだと思う。
加えて、その奇抜さから徐々にキャラクターが持つ肉感のある「人間的欲求」が顕わになる時、「熱を帯びた切なさ」とでも言おうか、そんな情感を抱かされる。
冷製スープにしては熱すぎるが、こうじゃなきゃこんなに美味くないんだよな、みたいな。
はぁ?
そして今回判明したことは、金井さんは演出もできるということだ。マジで何者なんだ。演技も上手くて漫画も描けるのに。ハリウッドじゃん。
逆説的なリアル
しかし意外だったのは、文体の熱っぽさに対して、演出は(今作を観る限り)どこかソリッドな感じがあった点だ。
動きは少なく、珍妙な動き、大胆と言える要素は悉く省かれて(もしくは舞台には上げないようにして)いて、強めに抑制が効いているのだ。その分、俳優の細やかな表情の変化や些細な仕草などに目が行く。細部が輝きを持ち始めるように。
これによって明らかになるのは、金井戯曲・もとい金井作品において、僕たちはたくさん笑うけれども、金井当人にしてみれば、あくまで「笑わせる」ことを目的にしているのではなくて、僕たちが勝手に笑っているだけで、彼女からしてみれば、彼女の現実・その「切実さ」を彼女がいちばんリアルだと思う形で言葉にして、立体化しているだけのことなのではないか。
金井さんが平田オリザ・もとい現代口語演劇が好きだと聞いた時は「嘘だね!」と思ったが、演出手法をみるに、それは嘘ではないらしいことが分かってくる。
逆説的に現代口語演劇なのだ。
僕たちはその作品を通して、彼女にとっての「リアル」を知ることになる。
平田オリザが観客にとってのリアルを定量的に示そうとしたのに対して、金井朱里のリアルを演劇の形で示されることで、僕たちが金井のリアルに接近しているような。逆向きの矢印。
いや待て。そもそも、現代口語演劇とはそういうものだったはずだ。
「自身の中の混沌を、混沌のままに記述する」
オリザもそんなことを言っていた。
第三者が演出すれば「エンタメ」としての強靭な完成度(『戯曲集』の時はそう思ってたし)になるし、当人が演出すれば「切実」になる。金井朱里戯曲の、そのテキストの拡散可能性と(当人含め)演出家とのゲッターロボ的な合体と可変を、今後の僕たちは観ていくことになるんだと思う。
それはすごく楽しみなことだ。
ロメロよりかはジャームッシュ
二作品を通して「ジム・ジャームッシュみたい!カッコイイ!」とずっと思っていた。僕もそんなにちゃんとは知らないけど、彼の作品のことは。
そんな僕が「ジム・ジャームッシュみたい!」と言ったって信用度はたかが知れているが、そう思ったことだけは確かである。ロメロよりはジャームッシュだった。『デッド・ドント・ダイ』も30分くらいは観ていた。そのタイミングで両親が帰ってきて、「夕飯だから」と言われたのを思い出す。
何を根拠にジャームッシュを感じたのか。
恐らくそれは先述の「設定の大胆さ」と「抑制された演出」との融合が生み出す、大雑把に括ると「オフビート」な劇世界が僕にジャームッシュを感じさせるんだと思う。映像と音響の使い方の「間」もそう思わせた要因かもしれない。あれはいい間だった。
もちろん、これは僕のジャームッシュで、あなたのとは必ずしも一致しないのだけど。

ここまで読んでくれてありがとう。
『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』その刹那性と決闘願望
この公演『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』は先述の通り『VS BIG HAMSTER』と表題作『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』の2作品のオムニバスである。
大ネタバレだが、実はこの2作品は連関していて、基本的にずっとでかいハムスターの話をしているのだ。
そう聞くと陽気な話だと思うかもしれないが、今作には通奏低音の如く「不安」が足元に漂っている。聞こえてんだか漂ってんだか。
今回は、その「不安」の正体をつかむためにこのnoteを書いているし、それはきっとこの作品に近付くための良い足掛かりになるはずだ。
でかいハムスターと戦いたい
本作は、二作品ともずっと「戦いたい」と思っている。そして、戦いたいものの正体も明白だ。表題作より佐々木が観た「蟻が人間大に巨大化する映画」について語る冒頭の台詞。
そこにあるのは本当にただのサイズの違いだけで それが同じサイズになったとき はじめて本当の戦いをすることができるんだなと思って感動しました
「本当の戦い」という表現が素晴らしい。
主たるキャラクターは常に戦いを望んでいる。
もうひとつ引用しよう。
『VS …』では最終的に登場人物のひとり、望月がでかいハムスターと戦うことになるのだが、それを見ている後輩の相田の台詞。
でかいハムスターを倒す先輩を見られるのなら、明日が来なくても、いい、いいかも、うん、いい!
上記の二つの台詞から分かるのは「決闘(本当の戦い)」と、明日が来なくてもいいという台詞から分かる通り「刹那性」を望む姿だ。
この二つを乱暴に繋げてみる。
たとえばその先に見えてくるのは「将来(の拒絶)」だと言う事はできないだろうか。
金井さんにとって、という言い方をしてみる。
金井さんにとって、「将来」とは「不安」と同義なのではないだろうか。
『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』では、「(眠って)夢を見る」ことが生きている人にも、死んでいる人にも重要になってくるのだが、「睡眠時の夢」が作中では「(現在に追いつこうとする)過去」として描かれるのに対して、作中では「決闘」の願望により「刹那(的な生)」を求めている。未来の拒絶。
追いつこうとする過去と、未来を絶たんとする願望。
それによって浮かび上がるのは、「現在」の足場を固めたいという意思ではないだろうか。
登場人物は「戦いたい」とは言っても「死にたい」とは決して言わない(死ぬときは死ぬだろ、という諦観はあるにせよ)。
金井作品のなかで、現在は未来のための道程ではない。
現在の連続を、その瞬間瞬間を確かに生きていたいという強かさが、そこにはある。
「戦闘可能性」というフィクション
なぜ、金井作品はここまで「決闘」を望んでいるんだろうか。
かく言う僕も、現代劇に「戦闘」を持ち込むのが好きなので、僕なりの尺度で考えてみようと思う。
僕が「現代」を描くとき、「戦闘不可能性」について考える。
逆に言えば、「現代」のなかに「戦闘可能性」を見出すところからフィクションがはじまる。
金井作品もまた、「戦いたい」という意思が通底している。2作品に登場するでかいハムスターは、自身に相対する同じサイズの敵を育て上げんとした帰結として存在している。今作における「敵」とは、「死」のメタファーを自身のなかに持つこととは言えないだろうか。それとの「本当の戦い」は、「現在」をより鮮明にするだろう。
たとえばそれを、「希望」と言い換えることはできないだろうか。
そういえば、平田オリザの『カガクするココロ』だったと思うのだが、そこにも「巨大な鼠とメスを振り回して戦う夢を見た」というエピソードが出てくる。金井さん、やはり本当に平田オリザが好きなのかもしれない。

かなり朱い 第1回公演
『しょうらいのゆめ・オブ・ザ・デッド』
at 王子スタジオ1
作・演出:金井朱里
照明:渡辺康太
音響:加藤奏汰(循環沙丘)
舞台監督:上嶋葵
制作:那須舞鈴
宣伝美術:かなり朱い
装丁デザイン:鈴木遥
協力(五十音順):枯芝千夏 坂本美羽 サンバーチャイチャイ 富田晴紀 藤井明日香

