空舞ちゃんと過ごした三年間
高校の三年間、私は自転車で通学していた。
今では自転車は持っておらず、乗る機会もほとんどない。
学校までは歩くと三十分くらいの距離だった。リュックに教科書を詰め込んで歩くには遠かった。
バスで最寄り駅に出て、そこから歩くという手段もあったけれど、こちらは家から歩くより時間がかかった。
運動は苦手な私だけれど、両親のおかげで自転車は乗れる。
そこで、高校へは自転車で通学することに決め、新しい自転車を買ってもらった。
私は物に名前をつける癖がある。空に舞うと書いて「そらま」と名付けた。
由来をはっきり覚えていないけれど、私専用の乗り物ということで浮かれていたのだと思う。空を飛べるわけもないのに、魔法使いにでもなったように自転車で空を飛ぶイメージが湧いた。
毎朝、自転車で学校へ向かい、指定の自転車置き場に止めて教室に向かう。
空舞ちゃんは、私が戻るまでずっと待っていてくれた。「お待たせ」というような気持ちで、嬉しくなって元気に漕いで帰る。
人見知りで、学校生活が苦手なところもあったから、行き帰りに空舞ちゃんがいてくれて本当に良かった。
小雨の日、自転車で帰るか迷ったことがある。それでも置いて帰りたくなくて、空舞ちゃんと一緒に帰った。
だんだんと雨が強くなり、「もう少しもう少し」と空舞ちゃんを励ましつつ、自分を鼓舞して帰ったり。
夏の時期は、自転車通学は学校に着く前にひと運動している気分だった。
じりじりと照らす太陽に汗がにじみ、空舞ちゃんのペダルがとても重く感じたり。
高校の三年間、私はすっかり空舞ちゃんにお世話になった。それなのに大学生になると、ほとんど乗ることがなくなった。最寄り駅までバスで行くようになり、平日はほぼ出番がなくなった。
家の片隅に置かれた空舞ちゃんといつ別れたのか、はっきりと記憶がない。
今となっては、もっと一緒に走っておけばよかったと思う。ただ、大学生活もその後の社会人生活も目の前のことに精一杯で、自転車に乗る心の余裕がなかった。
空舞ちゃんはもういないけれど、私の記憶にはちゃんと存在している。
心地よい風に吹かれて颯爽と漕いだ時、学校に馴染めなくて不安で涙がこぼれそうな時、雷に打たれたように将来の進路を心に決めた時。
全部全部、空舞ちゃんが一緒だった。
自転車を漕いでいる時間は、私にとって心を整理する時間でもあった。何かをひらめいたり、大切なことに気づいたり。空舞ちゃんは、ただ移動するための自転車ではなく、私の高校生活そのものを支えてくれていたのだと思う。
機会がなかなかないけれど、自転車にもう一度乗りたくなった。あの頃のように風を切って走れば、空舞ちゃんと過ごした三年間を、思い出せる気がする。
