不妊治療と仕事、そして“年齢”という現実 #15
こんばんは。
今日も静かにはじめさせていただきます。
今回は、
私が産婦人科の中の“生殖外来“を担当した時のことを綴ります。
※生殖外来とは主に不妊治療を行う部門です。
◼️時間との闘い
「あと何回、チャンスがありますか?」
診察室で、何度も聞かれる言葉です。
不妊治療の現場で強く感じるのは、
医学的な課題だけでなく、
“時間”と闘っている女性たちの姿です。
女性の妊娠率は
年齢とともにゆるやかに低下し、
35歳を過ぎる頃から
そのカーブの勾配は右肩下がりできつくなります。
40歳を超えると、
妊娠そのものが難しくなるだけでなく、
流産率も上昇します。
頭では理解していても、
「数字」で示される現実は
想像以上に重くのしかかります。
「もう若くないから」
「あと何年できるんだろう」
そうした思いは、静かに、しかし確実に
焦りや不安を生みます。
働いている女性にとって、
この焦りと不安を抱えながら
仕事と不妊治療を両立するのは
大変なことです。

◼️不妊治療の厳しい現実
不妊治療は月に何度も通院が必要です。
排卵のタイミングは待ってくれません。
体外受精の周期に入れば、
急な受診や連日の注射もあります。
働く女性にとって、
「明日来てください」と言われて
次の日に通院することは簡単ではありません。
場合によっては
午前中に診察をして、
「今日の夕方来てください」と
ドクターから指示される可能性すらあります。
有給休暇の残り日数を数えながら
予定を組み、同僚に頭を下げ、
理由を濁しながら早退する。
とりわけ上司が男性であると
事情を説明しても理解が難しいかもしれません。
妊活は、上司がご自身で体験されていたとしても
どこかで「女性の役割だから」と
解釈するご主人も多いのが現状です。
「今日の夕方にあなたの新鮮な精子が必要だから」
という現実を受け入れられない男性も
多い事実を見てきています。
女性管理者であっても、
「突然の休暇申請は困る」
ということになるのは想像に難くありません。
「せめて事前に申請してほしい」
と突き返されることもあるでしょう。
それができないから、
とても苦しい思いをしているのです。
ワーキングウーマンも働いていない奥さまも
越えなければいけない精神的な壁は分厚いのです。
「また?」という視線。
「そこまでして?」という空気。
悪気のない言葉に、
心が削られていくこともあります。
けれども当然ながら年齢が上がるにつれ、
「しばらく不妊治療を休もう」
という選択肢は取りづらくなります。
「仕事が落ち着くのを待つ余裕はないかもしれない。」
「キャリアがひと段落してから、
では間に合わないかもしれない。」
そう思うからこそ、
無理をしてでも通院を続ける方がいます。
年齢的にある程度キャリアを積み重ねられていて
そこそこ戦力になってしまっているからこそ
「組織として難しいのではないか」と
憂慮してしまうのです。
そんな発狂しそうな葛藤を多くの方が抱えて
今日も不妊治療のために来院されています。

◼️例えるならジェットコースター
さらに辛いのは、
努力と結果が比例しない現実です。
妊娠に至るまでには、
越えなければならない壁がたくさんあります。
不妊治療にもいろいろありますが、
体外受精(顕微授精)の場合を例に挙げますね。
採卵(注1)できた。
→受精(注2)した。
→胚盤胞(注3)まで育った。
注1:体外受精のために針を刺して卵子を取り出すこと
注2:シャーレの中で卵子に精子がたどり着くこと
注3:受精した卵子(受精卵)が細胞分裂を繰り返し、一番着床(子宮の中に受精卵が留まる)しやすいステップまで分割すること
それでも妊娠に至らないことがあります。
妊娠しても、
妊娠が継続できないこともあります。
不妊治療をしている女性の気持ちは、
よくジェットコースターに例えられます。
・『妊娠するかも』と期待する気持ち。
・『生理が来てしまった。妊娠しなかったんだ。』
と落胆する気持ち。
・『前向きに考えなくちゃ』
と、不安を押しやり自分を奮い立たせる気持ち。
・『また振り出しに戻った。また辛い治療が始まる』
という置き所のない気持ち。
こんな気持ちが妊娠するまで、
生理周期ごとに繰り返されます。
◼️焦りや不安と向き合い、自分を否定しない
年齢という事実を突きつけられたとき、
「もっと早く始めていれば」と
自分を責めてしまう方も少なくありません。
でも、人生は常に最適解で進めるわけではありません。
仕事を頑張ってきた時間も、
パートナーと出会うまでの年月も、
どれもその人の大切な人生です。
決して“間違い”ではありません。
不妊治療は、希望と同時に喪失を経験する医療です。
そして年齢が上がるほど、
その一周期の重みが増していきます。
私は助産師として、
妊娠率を上げることはできません。
けれど、焦りや不安を否定せず、
その苦しさ、辛さに共感することはできます。
焦る気持ちは、本気だからこそ生まれるものです。
傷つくのは、それだけ自分を、家族を、夫婦の決断を
大切に思っているからです。
ご自身を否定してはいけません。
◼️揺れる気持ちとも闘う長い日々
仕事をしながら、
周囲に気を遣いながら、
時間と闘いながら、
それでも通院を続けているあなたへ。
あなたには行動力があります。
あなたは力と時間を尽くしています。
誰からも否定を受けるべきではありません。
不妊治療の現実は、
決してきれいごとではありません。
それでも、その現実の中で懸命に生きている人たちがいます。
私たち医療サイドの者は、
その人生を変わってあげることはできません。
それでも、不妊治療に通われる方のたくさんの人生に触れ、
様々な感情に揉まれて今を過ごしています。
できることは少ないですが、
これからも、その“時間との闘い”に寄り添い、
壮絶な努力を知る『証人』でありたいと思っています。

◼️最後に
あなたが抱えている小さな不安が、
今日、ほんの少しでも軽くなりますように。
そして、振り返りや迷った時は、
いつでもここに戻ってきてください。
どこかの森で、またお会いしましょう。
