【2回目】初完走 第14回青島太平洋マラソン(2000.12.10)
初完走
3時間56分48秒。
【1回目】第37回愛媛マラソンは30km関門閉鎖。
23km以降はずっと最下位。バスに収容。泣きながら戻る。
初マラソンのダメージから、膝が痛くて走らない日々。
直後1999.3.4長女誕生。
1年後の第38回愛媛マラソンにはエントリーしていない。
2000年5月ころ、徐々にランニング再開。
当時の月間走行距離
2000年
5月 82km
6月 120km
7月 63km
8月 166km
9月 178km
10月 226km
11月 240km
12月 223km
第39回愛媛マラソンの前に、フルマラソンをどうしても完走しておきたかった。見つけてエントリーしたのは、第14回青島太平洋マラソン。
記憶
雑誌ランナーズやマラソン入門書を購入。
自己流の練習。練習内容も練習量も我流。
当然調整やエネルギー戦略もわからないまま。
前日家族とともに宮﨑県入り。
巨人が宮崎キャンプで利用している青島グランドホテルに宿泊。
展望露天風呂に入った。
ホテルの食事をおなか一杯食べる。
前日には何をどれくらい食べればいいのかまだ知らない。
家族は近くの遊園地で、自分はレースへ。
当日
5:30起床 露天風呂
6:00朝食 パン・ごはん・味噌汁・フルーツ
直前にゼリー、VAAM
NB COMP151 (ニューバランス軽量マラソンシューズ)
曇りのち晴れ 気温24℃ 10月並み
3時間から3時間30分エリアに並ぶ。
7㎞地点でスローペースを感じる。10㎞で60分。少しペースアップ。
海岸線のきれいな景色を眺める余裕もなく、ひたすら前へ。
折り返しまでは長く感じた。給水、バナナ、ミカン、アクエリなど止まって補給したので、ラップは悪くなる。
1㎞で50人ぐらいずつ追い抜いていく。20㎞~30㎞好調。
後半、爪が痛いと感じていたがそのまま進む。
30㎞~35㎞はペース上がらず。4時間でゴールは危うい。
35㎞から開き直り。足の痛みは考えないでいこうと決めた。
4時間以内にゴールできそうだとわかり感動。
ゴール後両足の小指の爪が剥げていた。
シューズは血みどろ。
3時間56分48秒。
タイムを意識して走ったわけではない。結果としてこのタイムだった。初めての完走は当然うれしくてたまらなかった。当時はラップタイムという概念さえもなかった。どんなペースでこの結果になったのか、振り返ることはもうできない。ただ、血だらけのシューズと家族旅行の思い出が記憶に残っている。

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