31歳の私が出会ったGRAPEVINE『光について』
このnoteは歌詞の解説noteではない。
ただただ、藤嶋が歌詞を愛でてるだけのnoteだ。
ってことで、歌詞愛でま〜す!
今回は
GRAPEVINE『光について』
私にとって2026年は「光について」の年だと言っても過言ではないのです。
この曲を聴きながら脳内に言葉が溢れ始めましたので、普段は重い親指を動かしてタップしてます。
まず、この楽曲との出会いですが、
今年の3月にNHKで放映された【ザ・グレイテスト・ヒッツ】にて「嶋佐が選ぶロックバンド特集」という回がありまして、予告を見たら嶋佐さんが「もう分かるよね?」とこちらに語りかけていたのが気になって、チャンネルを1chへ。
共に紹介されていたくるり・ストレイテナーは私の中ですでにお馴染みのバンドだったが、GRAPEVINEだけは今まで全く通ってこず、あの時代の近しいバンドでいうとTRICERATOPSを聴いてきた人間なので「トライセラと仲良いバンドや」って認識ぐらいでしかなかったです。
だから、この番組で『光について』を聞いて、
私は、雷にうたれました。
こ…この歌詞…この歌詞は!!!!!
そこから私はGRAPEVINE楽曲を聴き漁り始めます。
「呼吸分、歌詞を愛でてます。」と公言してる私がなぜ今まで聴いてこなかったのかという程の素晴らしい楽曲の数々。
どの楽曲もすごいのですが、でもやっぱり最初の「光について」の衝撃が忘れられない。
現在“31歳の私”と『光について』が繋がったら、とてつもない雷が発生したのだ!!!
『光について』の歌詞は、
パンチワードによる心ぶっ刺し系歌詞というよりは、
一連の流れの美しさでゆっくり心鷲掴みされてく系歌詞。
ってことはそう!愛で甲斐がある!!!
まあ、とにかく愛でます。
少しはこの場所に慣れた
余計なものまで手に入れた
イメージの違いに気付かなかった
人の流れ眺めながら
時計をこの目で確かめるが
季節は変わり始めていた
いつのまにか
対個人的な相手か対世界かによっても心への沁み方が違うと思いますが、私は後者側の人間。
大学生くらいまでは、世界を気にせずのびのび生きてきた私。
でも社会に出て“見えてる範囲”での世界というのを何故か意識するようになってしまい、無駄に苦悩するようになります。
これ今思えば、ほんま無駄だった〜。
そんな私が今や31歳となり社会人生活も約10年。
無駄な苦悩はだんだんと小さくなり、
最近は「少しはこの場所に慣れた」と思うようになりました。
これは時の流れのおかげだと思ってます。
世界との齟齬はまだあるんやけども、
私がどんだけ苦悩していようが、
時はいつのまにか進んでくれてるから、
あんまり気にしなくなっていった。
31歳だと、無駄で謎な苦悩は薄れていく一方、期待や責任が重くのしかかってくる。
私の目の前に広がり始めた新たな世界。
いや!私はのびのび生きていたかったのに!!
フーテンの藤嶋でいたかったのに!!!
そうきっと 急ぎ疲れたんだ ほんの少し
情熱を 抱えたままで立ってたのさ
何もかも全て受止められるなら 誰を見ていられた?
涙に流れて使えなかった言葉を 空に浮かべていた
いつも いつも
心はただここにあったでも「のびのび生きていたいねん!」というわりには、せっかちな性格だからか”生き急ぎすぎ”。
加えて、かなり“生きること”に対しての熱量が高い。
ゆるキャラみたいな見た目してるから、
低くみられがちなんですけど…。
で、その熱量の高さは“私がここに存在してる意義”みたいなものに発展し、ここに存在してるからには何もかも全て受止めようとしすぎてまうんですよね。
ほんまは風の吹くまま気の向くまま生きているのが性に合ってるのに。
そんなウラハラな人間の私が、
サビで「何もかも全て受止められるなら 誰を見ていられた?」
って問いかけられたら、そりゃもう視界がぐにゃ〜〜と歪んでいきますよ。
現状、結局誰のことも見れて無い気してますし。
ただ、そんな人間は続きの歌詞に救われるのです。
私は小学生の頃に“空について”を文集に書いた事があるくらい、昔から“空”が大切な存在でした。
空はいつだって私たちの上にあるという当たり前の事が、人生においてとても安心することでして…
今まで何回、音楽を聴きながら外を歩きまわり、色々考えて、心に効く歌詞とただただ広がる空を見て涙を流してきたか。
空に限らず、自然という存在は“涙に流れて使えなかった言葉を”受け止めてくれますからね。
私は人生で空に言葉を浮かべ続けてきました。
“心はただここにあった”で締め括られる1番の歌詞からは、結局私も空と同じく“ここにある”だけなのだと気付かされるのです。
生きてくって、私がここにいるの連続なのです。
仮定だらけの話題になれば
答えを出すのを諦めるが
溜息の向こうで誰かがいつも
手を振っていた
もう一度 君に会えても 本当は
もう二度と届かない様な気がしてた
光に満たされてゆくこの世界の中 何をしていられた?
誰もがうかれて理解りあったつもりなら それだけでいられた
いつか いつか
忘れてゆく人になるさ2番の歌詞では、
この曲で1番好きな歌詞がでてきます。
それが「いつか いつか 忘れてゆく人になるさ」
私が好きなアーティストは“忘れる”という事について歌っている事が多く、
私の人生においても“忘れる”というのがキーワードだったりします。
そして、田中和将が書く歌詞にもよく“忘れることについて”がよく出てきます。
この“忘れる”って寂しい時もあるけど、
忘れられるから救われてることも、
いっぱいありますよね。
何度も忘れて
思い出して
卑しい程繰り返そう
何も変わらなくたっていい
このままでいられる様
別曲の引用ですけど、もうこれ。
人生これの繰り返し。
悩んだのちに悟った事も全て忘れて、
またふとした瞬間に思い出して、
「あれ?これ前も思ったやん。」
みたいな事がよくあります。
まあ、もはや思い出さなくなるってことが、自己の成長ということなのかもしれないですが。
田中和将は“忘れること”を生きてる上で当たり前のこととして書いてくれる人なんだなと、色々な曲の端々から感じます。
だから、「いつかいつか忘れてゆく人になるさ」という言い回しになるのかなと。
で2番のサビ頭は
「光に満たされてゆくこの世界の中 何をしていられた?」という問いなのですが、この世界を満たしてる“光”ってなんなんでしょ?
歌詞の流れから行くと、ぐっとフォーカスが絞られて“君”という存在の光源体かなと思っております。
………ん?
“君”って存在が明確にいない私が、
この歌詞を全てを理解するなんて厳しんちゃうんか?!とも思いましたが、
まあ全て理解できなくてよいですよね。
理解出来なかろうが、
私とこの歌詞とのシンクロ率高いのです。
エヴァでいうと。
とはいえ愛でたいので、私にとっての“君”である「音楽・お笑い」に置き換えさせて頂きますと、確かに見てる世界は光に満たされております。
もちろん『光について』も、
その光のひとつです。
ただ、どんだけ光に満たされてる世界にいたとしても、「理解りあったつもり」なんですよね。
なんか最近「本当に心の底から解りあえる人は今世ではいないのか!?」って思っていて。
これを言うと「心の底から解りあえる人なんて、みんないないよ」と言うてくる人が出てきて、「ま、それはそうかもやけど…」って感じなんですけど。
でも、私はまだ出会えると信じてる人間で、
信じたいからこそ「あれ。これ信じてる限り、私の今世はこのまま終了するかもしれない…?」って冷静に周りも見渡す31歳。
そうきっと 昨日に疲れたんだ ほんの少し
情熱を 抱えたままで 待ってるのか
何もかも全て受け止められるなら 何を見ていられた?
誰もがうかれて理解りあったつもりなら それだけでいられた
いつも いつも
光にさらされてゆくこの世界の中 君を見ていられた
涙が流れて聞こえなかったとしても 空に浮かべていこう
いつも いつも
僕らはまだここにあるさ
このラストサビの歌詞は、
1・2番と使われてるワードは一緒なんですけど、
全然違う味わいになってて、
もう「すごい!」としかいいようがない。
“そうきっと”から始まるように、
田中和将が書く歌詞は断定的な答えではなく、問いに近いんですよね。
それが、救いの詩だと私が強く思う要因なのです。
ただ、そんな歌詞の中に「光にさらされてゆくこの世界の中 君を見ていられた」って、珍しく断定の文が出てくるんですよ。
この一文で「あれ?これ実はGRAPEVINEというバンドがリスナーの私に向けて歌ってるのでは!?」とグッと引き寄せられた感覚になります。
“自分から見た世界”→“自分から見た君”と、
自分(私)の視点だと思って聴いていたのに、
急に肩をぐっと振り向かされ「あなた(リスナー)に向けてる言葉やで」と言われるみたいな感覚。
最後の“僕ら”が“GRAPEVINE”だとすると、
涙が流れて“今は君には”聞こえなかったとしても、いつも空に浮かべといておくし、聞こえるタイミングがくるまで僕らはまだここにあるさ。
って、ことかなぁと。
空はいつだって私たちの上にありますし、
世界中繋がってますから。
いつか耳に流れてくるだろう。
そして、私にとって、GRAPEVINEの楽曲が聞こえるようになったのが31歳の今だったんですよ。
あぁ、29年間たくさんの曲を浮かべ続けてくれて
ありがとうございました。
ほんまに2026年は「光について」に救われてます。
音源バージョンも良いけど、
私はLIVEバージョンがすきで、
こっちばっかり聴いてまいます。
https://youtu.be/Umb7lzkIv0A?si=HrroSulewr6mdYWA
田中和将の声が年齢を重ねるごとに、
声色の味わいが増していて良いのです。
ウイスキーみたいな。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
かなり個人的な話の部分も多かったですが、
GRAPEVINE楽曲は自分の心や記憶に触れてくるのです。
そして近年のGRAPEVINE楽曲の良さもまた語りたいが、これもまたもうちょい年齢を重ねてからの方がより自分の中でいい感じに熟成できそうな気が…。
とにかく、これからも聴き続けるバンドの一つが現れました。
