「感情ミュート社会」を考える
5月21日の日経新聞で、「感情を出さない時代にも商機」というタイトルの記事が掲載されました。博報堂生活総合研究所所長 帆刈吾郎氏による投稿です。
博報堂は、「感情ミュート社会」という概念を提唱していて、関連する記事などを発信しています。例えば、同研究所のサイト「生活総研」でも「感情ミュート社会」について紹介されています。
この概念に触れておくことで、今後の商品・サービスの展開を考えるうえで示唆を得られそうです。
同記事の抜粋です。
近年は人々の感情が表に出にくい時代になっている。博報堂生活総合研究所が2025年に実施した調査では「自分の感情を出す機会が減った」と感じている人が62%に上った。ハラスメントへの配慮や、効率至上主義の浸透などを受け、自分の感情を他者にあえて出さないことが、新たな常識になりつつある。
生活者に実施したヒアリング調査などからは、職場や公共の場に限らず、家族や親しい友人の間でも感情の抑制が常態化していることがわかった。怒りや悲しみといった負の感情に加えて、喜びや驚きといった感情までも抑えることが徐々に定着しつつある様子がうかがえた。
このような生活者の変化に対して、企業側は傍観・悲観しているだけでは何も生まれない。新たな常識として受け止め、ビジネスチャンスとして前向きに捉え直すべきではないだろうか。具体的には以下の三つの視点が求められるだろう。
第一に、従業員の「感情表出の多様性」を尊重することだ。笑顔の強要など接客業における感情労働の負担は、今や人材獲得においてマイナス要因となりうる。自然体で顧客と接したいという従業員の心理に寄り添わなければならない。過剰な感情的配慮を廃することが、結果として仕事へのエンゲージメントを高め、誠実な顧客体験を生む。
第二に、見えにくくなった顧客の感情の「可視化」である。現代を生きる人々が感情を表に出さなくなったといっても、感情そのものが消滅したわけではない。表現されない微細な顧客の感情や、感情を出さないことの裏にある真意を、テクノロジーや深い対話を通じてくみ取っていく。そこにこそ、顧客価値を高める真のニーズが眠っているはずだ。
第三に、企業のブランド自身が「感情の主体」となることだ。様々な人工知能(AI)エージェントが生活者と日常的に対話をする時代には、企業やブランド自体も、どんな人格を持ち、どんな感情を表現し、どのように顧客と対話するかが問われてくる。機能性や利便性を超えた感情的なつながりこそが、生活者との強い絆を構築するだろう。
同記事及び関連サイトも参照すると、「感情ミュート社会」が意味するのは、人々の感情自体が希薄になったというわけではなく、感情をあえて表出しないことが新しい社会規範として定着しつつあるという見方だと認識しました。
同記事でも、感情を出す機会が減ったと感じる人が6割を超え、職場だけでなく家庭や友人関係においても感情表現を控える傾向が広がっていることが紹介されています。
経営者や組織の責任者にとって重要なのは、この変化を「人間関係が冷たくなった」と嘆くことではなく、新しい対人コミュニケーションのあり方として理解して受け止めることではないかと考えます。「感情ミュート社会」の概念について、私なりに4つの切り口からまとめてみます。
1.感情を表に出さないことも、感情のありようのひとつと捉える
私たちはしばしば、「感情を出している人=感情豊か」「感情を出さない人=感情が薄い」と捉えがちです。しかし、感情ミュート社会の示唆はそうではなさそうです。「感情は各人の中に存在している。ただし、表出の仕方が変化している」と捉えることが本質ではないかと示唆してそうです。
例えば、顧客アンケートで「特に不満はありません」という回答が増えたとしても、本当に満足しているとは限りません。従業員も「大丈夫です」と言いながら、疲弊していることがあります。あるいは、特に「嬉しい」などとは言わないものの、実は深い信頼を寄せているというケースもあるかもしれません。
つまりは、感情の強さと感情の表現量が、従来に比べて一致しなくなっているかもしれないということだろうと思われます。私たちに必要なのは、「感情が見えない=感情が存在しない」と判断しないことなのでしょう。
顧客理解でも組織運営でも、「語られていない感情」「表出化されていない感情」に目を向ける力が、より大切になってきそうです。
見聞きできる表情や言葉だけではなく、行動履歴や継続利用、離職率、参加率なども含めて感情を読み解く姿勢が求められるというわけです。
2.感情表出が抑制的であるのが悪いことばかりではない
「感情ミュート」と聞くと、多くの場合は否定的に捉えられそうです。しかし、実際には長所もあると思います。
例えば、職場において感情表現が強すぎる環境が必ずしも健全とは限りません。
怒鳴る上司、感情的な会議、気分によって態度が変わるリーダー。こうした環境で、絶望的なレベルまで憔悴しきってしまう経験をした方もいるのではないでしょうか(私も過去に経験あります)。こうした状況は、いま多くの組織でキーワードにしている「心理的安全性」を目指す方向とも合っていません。
感情表出の抑制は、ハラスメントの減少、多様な価値観への配慮、冷静な意思決定、不必要な対立の回避などの効用ももたらしているはずです。
お客さまとの接点においても同様です。
従来の接客業では「常に笑顔」が理想とされてきました。しかし、近年は、自然体の接客を評価する顧客も増えていると聞きます。無理に感情を演じることを求めないことは、従業員の負担軽減だけでなく、人材確保や定着にもつながります。
「感情を出すことが善」「感情を出さないことが悪」といった二元論から離れることが、まずは必要なのではないかと考えます。
3.「声」だけでなく「行動」に本音を見出す
感情ミュート社会では、お客さまの声に頼るマーケティングが難しくなるのかもしれません。
同記事の示唆からは、従来は、クレーム、要望、インタビューなどから、顧客心理を推測しやすかったと想定されます。「お客さまの声を聞け」などとよく言われてきました。しかし、今後は、不満があっても何も言わず離れるお客さまが、これまで以上に増えるのかもしれません。
だとすると、行動を観察し、あるいはお客様の立場になり切って考えて、お客さまの本音を感じることが、より大切になりそうです。
また、購入頻度、サイト滞在時間、解約率、リピート率などのデータの変化を丁寧に読み解くことも重要度が高まりそうです。同記事の指摘にあるように、AIやデジタル技術を活用した感情理解の重要性も高まるのでしょう。
ただし、本質は読み取り方の技術そのものではなく、相手が言葉にしていない気持ちを想像し続ける姿勢にあるのではないかと考えます。「相手が何を言ったか」だけでなく、「何を言わなかったのか」「なぜ言わなかったのか」まで考える企業が、競争優位を獲得する時代になるのかもしれません。
この視点は、お客さまに対してのみならず、組織内で協業するメンバーに対しても当てはまりそうです。
4.「法人」に「人格」が宿ることに、これまで以上の注意を払う
「企業やブランド自身が感情の主体になる」という同記事の指摘も、興味深い点です。
商品スペックや価格だけで差別化することが難しくなる中で、どんな価値観を持つ企業か、どんな言葉を使う企業か、どんな態度を取る企業かなどが、選ばれる基準としてますます重要になるということです。採用市場においても、自社の理念や文化に共感してもらえるかどうかが、重要だとされます。
今後のブランド戦略では、「何を売るか」もさることながら、「その法「人」がどんな人格として存在するか」を設計することが一層求められそうです。感情ミュート社会だからこそ、企業側が一方的に感情を押し付けるのではなく、静かな共感を積み重ねられるブランドが支持を集められるように感じます。
感情がなくなったのではなく、感情の表出方法が変わった。
今後の事業活動や組織活動に向き合う上で、おさえておきたいポイントだと思います。
<まとめ>
感情がなくなったのではなく、感情の表出方法が変わった
