役職者のこころの整え方について考える
5月16日の日経新聞で、「厳しい言葉、コツは伝え方」というタイトルの記事が掲載されました。部下に対するコミュニケーションをテーマにした、認知行動療法の専門家 大野 裕 氏による連載です。
同記事の抜粋です。
最近、役職者のために講演をしてほしいと企業から依頼されることが増えている。これまで企業は、一般の社員にストレス対処の研修を行うことが多かった。一方、役職者に対しては、部下との接し方についての研修を実施することが多く、役職者自身のこころの整え方の研修はあまり行われてこなかった。
立場が上になると、それに応じたストレスを感じることが増えてくる。なかでもパワハラへの対応は悩ましい問題だ。部下に対して少しでも厳しいことを口にすると、パワハラだと言って担当部署に訴えられることが増えている。訴えられること自体が自分の評価に響くのではないかと考えて、きちんと指導できないでいる役職者も少なくないと聞く。
もちろん、相手を傷つけるような言葉を投げかけるのは好ましくないが、大切な仕事に支障が出そうなときには、厳しく注意しなくてはならないこともある。職場は仕事をする場所だ。耳の痛いことも言わなくてはならない。厳しい声をかけることが適切かどうか迷うことも少なくないが、そのときにはまず、自分の思いから距離を置いて、それを伝えることが仕事を進めるために必要かどうかを判断するのが望ましい。
伝え方にも気を使うとよい。大事なことだと思えば思うほど口調が激しくなりやすくなる。どのような言い方をすればよいか、誰がそのことを伝えればよいかなど、いくつかの視点から伝え方を考えるようにする。家庭や地域でも、こうした配慮ができれば、受け入れられやすい伝え方ができるようになる。
「部下に対してどこまで言っていいのか」という役職者の悩みは、いろいろな機会に聞くことがあります。同記事は、今のマネジメントが抱える難しさを端的に表していると感じます。ハラスメントへの社会的感度が高まる中で、必要な指摘まで控えてしまうことも珍しくありません。
同記事はコミュニケーション論だけではなく、組織運営や人材育成の本質を考えるヒントも示唆していると思います。4つの視点から考えてみます。
1.その指摘は「本質的な価値」のためか
同記事では、「それを伝えることが仕事を進めるために必要かどうかを判断する」と示唆しています。
管理職が厳しい言葉を使う場面では、「自分の感情」が混ざっていることが少なくありません。「自分が困った」「自分が不快だった」「自分の期待通りに動かなかった」こうした感情が先行すると、指摘は「指導」ではなく「感情の放出」になりやすくなります。
一方で、本当に必要な指摘とは、「顧客価値」「組織価値」「仕事の品質」などに関わるもののはずです。上司としての思いなどが乗っかり感情が伴うのが必ずしも悪いことではありませんが、感情をぶつけることが目的ではないはずです。
適当な例ですが、営業担当者がお客さまへの返信を後回しにしていた場合、単に「自分がイライラしたから怒る」のではなく、「顧客の信頼を損ない、長期的な関係に悪影響が出る」という本質的価値の観点から伝えるべきだと考えられます。
ここで大切なのは、「売上が下がるから行動を変えろ」といった短期的な結果に紐づく指摘に終始しないことです。顧客との信頼、組織文化、品質、安全性など、より本質的な価値を守るための指摘なのかが問われると思います。
厳しい言葉を発する前に管理職が自問すべきなのは、「これは自分の感情のためか、それとも仕事の本質のためか」
この視点を持つだけでも、伝え方は変わるのではないかと想像します。感情的な叱責ではなく、「なぜそれが重要なのか」という説明が伴うようになるからです。
2.その指摘は、相手の本質的な成長につながるか
厳しい指摘には、言わずもがな、短期的には相手を不快にさせる側面があります。しかし、長期的には成長を促すことにつながります。
大切なのは、「相手を従わせること」と「相手を育てること」は全く違うという視点だと考えます。
例えば、「こんなこともできないのか」などの言葉は、相手を萎縮させることはあっても、成長につながるとは思えません。
一方で、「この部分を改善できると、お客さまへの説明力が一段上がるのではないか」といった伝え方であれば、相手は「人格否定」ではなく、「能力開発への助言」として受け取りやすくなります。
厳しい指摘の目的は、その場で相手を黙らせることではなく、将来より良い仕事ができるようになることに置かれるべきだという視点です。
今は「怒られ慣れていない世代」などと表現されることもあります。しかし、本質的には、若手が求めているのは「甘さ」ではなく、「納得感」なのではないでしょうか。
なぜそれが問題なのか。どう改善すればよいのか。その先にどんな成長があるのか。
これらが見えれば、人は厳しい言葉でも受け止めやすくなるはずです。
言い方を変えると、管理職には「怒る技術」ではなく、「成長につながるフィードバック技術」が一層求められる環境になったと言えるのかもしれません。
3.正しいことほど伝え方の設計を心がける
同記事で印象的なのは、「大事なことだと思えば思うほど口調が激しくなりやすくなる」という指摘です。普段あまり意識したことがありませんでしたが、言われてみれば実に人間らしい指摘だと感じます。人は、自分が正しいと思うほど熱量が上がり、結果として相手を追い込んでしまいかねないからです。
しかし、必要なのは、自分が正当であるというのを相手に認知してもらうことではなく、正しいことを相手に理解してもらうことのはずです。
そのためには、いつ、どこで、だれが、どのような言葉を使って伝えるかといった伝え方の設計が必要になります。
例えば、人前で強く指摘されると、防衛反応が先に立ってしまう人は多いものです。アジア圏の方に特にこの傾向が強いと言われます。内容以前に、「恥をかかされた」という感情が残るからです。1対1で落ち着いて伝えれば、同じ内容でも受け止め方は変わるかもしれません。
このことなどは、単なる優しさではなく、成果を出すための合理的配慮と言えると考えられます。
つまりは、伝え方とは「気遣い」だけではなく、「仕事を前に進めるための技術」というわけです。
4.管理職自身の「こころの余裕」が、組織の空気を決める
役職者自身のこころの整え方への言及も、同記事で注目したい点だと思います。
従来、多くの企業では、部下向けにはメンタルヘルス研修を熱心に実施しても、管理職自身の心理的負荷に対する具体的な研鑽の場には十分目が向けられてこなかったことを、同記事は示唆しています。
管理職は、成果責任、部下育成、上位役職者・部下・お客様などでの板挟み、ハラスメントリスクなど、多くのストレスを抱えています。余裕がなくなると、私たちは極端に走りやすくなり、「何も言えなくなる」か「感情的に言い過ぎる」かの両極端になるかもしれません。
だからこそ、管理職自身が「自分の感情から距離を置く」という視点を持つことには大きな意義がありそうです。
感情をゼロにする必要はありませんし、できないと思います。そのうえで、「今、自分は怒っている」「焦っている」と自分を客観視できるだけで、言葉の質は変わるはずです。
仕事とは本来、成果を生み出すための共同の営みであり、ときに耳の痛い指摘も必要になります。問題は「厳しいことを言うかどうか」ではなく、「何のために、どう伝えるか」にあります。
マネジメントに必要なのは、厳しさを消すことではなく、相手の価値と組織の価値を両立できる形に厳しさを翻訳すること。その翻訳力こそが、管理職に求められる重要な能力のひとつなのではないかと、同記事からは感じた次第です。
<まとめ>
「言わない優しさ」より、適切な言い方による「伝わる厳しさ」が、組織を育てる
