【論点】外国代理人登録法(FARA)と表現の自由の関係をどう考えるか
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 問題の所在
外国代理人登録制度(FARA型制度)や外国影響力透明化制度を導入する場合、最も重要な論点の一つが表現の自由との関係である。
外国政府や外国企業の利益を代弁する活動について透明性を求めることは、国家安全保障や民主主義の保護という観点から一定の合理性がある。しかし、その規制が過度に広がると、政治的意見の表明、報道活動、学術研究、市民活動などに萎縮効果をもたらし、憲法上保障された表現の自由を制約するおそれがある。
特に、外国資金の提供を受けた団体や外国との関係を有する個人が政治的発言を行う場合、どこまでを規制対象とし、どこからを自由な言論として保護するのかは容易ではない。
そのため、外国影響力規制を設計する際には、透明性の確保と表現の自由の保障をどのように両立させるかが重要な課題となる。
2. 論点の分解
選択肢
A案 外国主体のための表現活動も広く規制対象とする
外国主体の利益のために行われる広報活動、世論形成活動、メディア活動などを広く規制対象とし、登録義務や情報開示義務を課す考え方である。国家安全保障や民主主義防衛を重視する立場である。
B案 表現活動には介入せず透明性のみを求める
表現活動そのものは制限せず、外国主体との関係や資金提供の事実について登録・開示を求める考え方である。発言内容には介入せず、国民による判断を重視する立場である。
C案 表現活動は原則として規制対象外とする
報道、学術研究、市民活動、政治的意見表明などは原則として自由に委ね、外国主体との関係があっても例外的な場合のみ規制する考え方である。表現の自由を最優先する立場である。
考慮要素
表現の自由
民主主義社会において政治的言論や報道活動は特に強く保護される傾向がある。
国家安全保障
外国政府等による世論操作や情報工作への対抗手段をどのように確保するかが問題となる。
透明性の確保
発言内容ではなく発言主体の背景を国民に知らせる必要があるかが問われる。
萎縮効果
登録義務や開示義務によって、市民活動や学術活動が萎縮する可能性がある。
制度の明確性
何が規制対象となるのかが不明確な場合、過度な自己規制を招く可能性がある。
外国人の表現の自由
外国主体自身にも広く表現の自由を認めるべきか、それとも国内民主主義の保護を優先すべきかが問題となる。
国際的人権基準
表現の自由に関する国際人権法上の基準との整合性も考慮する必要がある。
3. アメリカ(主にFARA)でどう扱われているか
アメリカでは、外国主体のための政治的活動や広報活動を一定程度規制しつつ、表現の自由との両立を図る制度設計が採られている。
FARAは22 U.S.C. §611(c)(1)において外国主体の代理人(agent of a foreign principal)を定義し、22 U.S.C. §611(o)ではpolitical activities(政治活動)を広く定義している。
また、22 U.S.C. §612(a)は登録義務を、22 U.S.C. §612(b)は補足報告義務を定めている。
FARAは登録義務や情報開示義務を通じて、外国主体との関係の透明化を図る仕組みを採用している。
他方で、制度の目的は発言内容を禁止することではなく、外国主体との関係を公開することにあると説明されている。
アメリカ連邦最高裁判所はFARAそのものについて直接的な違憲判断を示していないが、一般論として政治的言論に対する規制については厳格な審査を行う傾向がある。
制度全体としてはA案とB案の中間に位置するが、制度目的としてはB案に近く、透明性の確保を重視していると評価できる。
すなわち、外国主体のための表現活動を登録対象としつつも、発言そのものを禁止するのではなく、発言の背景情報を公開することを重視している。
4. 諸外国ではどうなっているか
英国
英国の外国影響力登録制度(Foreign Influence Registration Scheme)は、National Security Act 2023 Part 4に規定されている。
同制度は外国パワーとの取決めに基づく一定の政治的影響力活動について登録を求めるが、報道機関や一部の法的助言活動等については適用除外が設けられている。
活動自体を禁止する制度ではなく、外国主体との関係の開示を中心とすることから、B案に近い制度設計といえる。
オーストラリア
Foreign Influence Transparency Scheme Act 2018第21条は政治的又は政府的影響力を目的とする活動を対象としている。
また、第24条はcommunication activity、第25条はdisbursement activityを規定している。
他方で、第29条から第42条には報道機関、学術活動、宗教活動等に関する適用除外が設けられている。
制度全体としては透明性確保を重視しており、C案の要素を組み込んだB案に近い制度設計と評価できる。
カナダ
カナダのForeign Influence Transparency and Accountability Act(Bill C-70)は、外国主体との取決めに基づく政治的影響力活動について登録義務を課している。
制度の中心は公開登録簿による透明性確保であり、発言内容そのものへの介入は限定的である。
そのため、B案に近い制度設計といえる。
フランス
フランスでは外国影響力対策が強化されている一方で、1789年人権宣言第11条により表現の自由が強く保障されている。
外国による情報操作対策は、主として選挙期間中の情報操作対策やデジタルプラットフォーム規制を通じて行われている。
制度全体としてはB案とC案の中間に位置すると評価できる。
EU
EUは外国代理人登録制度よりも、透明性規制やデジタルプラットフォーム規制を重視している。
例えばDigital Services Act(DSA)では広告主や情報提供主体の透明性確保を求めている。
発言そのものを制限するよりも情報開示を重視しているため、B案に近い制度設計といえる。
5. 日本にあてはめると
日本では憲法第21条が表現の自由を保障している。
最高裁判所も、政治的言論や報道の自由について民主主義社会の基盤として重要な価値を認めている。
このため、外国影響力規制を導入する場合であっても、表現内容そのものを規制する制度には強い慎重論が予想される。
A案を採用した場合、外国主体との関係を有するシンクタンク、研究機関、メディア、市民団体などへの影響が大きくなり、明確性の原則や過度の広範性の観点から違憲論が生じる可能性がある。
また、何が「外国の利益のための活動」に該当するのかが不明確であれば、人々が自主的に発言を控える萎縮効果が生じるおそれがある。
B案を採用した場合、表現の自由への介入を比較的小さく抑えながら透明性を確保できるため、制度設計上は最も現実的な選択肢となる可能性がある。
もっとも、登録手続の負担や「外国代理人」として登録されることによる社会的レッテル貼りが、実質的な萎縮効果を生じさせる可能性は残る。
C案を採用した場合、表現の自由は最大限保護されるが、外国政府等による情報工作や世論操作への対応が不十分になる可能性がある。
また、日本には政治資金規正法、公職選挙法、放送法など既存制度が存在するため、それらとの役割分担も重要な論点となる。
6. 考え方の整理
この論点の本質は、民主主義を守るために表現の自由をどこまで制約できるのかという問題にある。
一方には、外国政府等による世論操作や情報工作から民主主義を防衛すべきだという価値がある。
他方には、政治的言論、報道活動、学術研究、市民活動を萎縮させてはならないという価値がある。
また、発言内容そのものを規制するのか、それとも発言主体の背景情報を公開するだけにとどめるのかによっても制度の性格は大きく異なる。
諸外国の制度を見ると、完全な規制よりも透明性の確保を重視する方向に収斂する傾向がみられる。しかし、その透明性措置自体がどの程度の萎縮効果をもたらすのかという問題はなお残されている。
したがって、この論点は単なる規制強化か自由保護かという二者択一ではなく、民主主義の防衛と表現の自由の保障をどのような均衡点で調整するのかという問題として捉える必要がある。
