【論点】外交活動はどこまで除外されるべきか――FARA・外国影響力規制における外交活動と透明性規制の境界
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1 問題の所在
外国影響力規制制度において、外国政府による外交活動や公的活動をどこまで登録義務から除外するかは、制度の性格を決定づける重要論点である。
外国政府が自国の利益を代表して他国政府と接触すること自体は、国際社会において当然に認められた外交活動であり、これを一般的な外国影響力活動と同列に扱うことには慎重論が強い。外交関係に関するウィーン条約も、外交官および外交使節団に一定の特権・免除を認めている。
他方で、近年は外交活動とロビイング活動との境界が曖昧化している。特に、在外公館以外の主体、政府系シンクタンク、国家系メディア、政府支援団体、PR会社、準外交組織などを通じた影響力行使が拡大しており、「どこまでが正当な外交活動で、どこからが透明化されるべき外国影響力活動なのか」が問題となっている。
また、現代の国家影響力行使は、従来型の外交だけではなく、公共外交(public diplomacy)、戦略的コミュニケーション(strategic communication)、情報操作、認知戦などとも接続しつつある。そのため、外交活動除外の問題は、単なる例外規定の技術論ではなく、「外交特権」「国家主権」「透明性」「安全保障」「民主的統制」の関係をどう整理するかという制度思想そのものに関わる。
2 論点の分解
選択肢
A案 外交活動を広範に除外するモデル
正式な外交官、公館職員、政府代表団などによる活動を広く除外し、国家間関係への介入を最小限に抑える考え方である。外交特権や国際慣習法を重視する。
従来の英国制度などは比較的これに近かった。
B案 正式外交活動のみ除外し、周辺的影響活動は登録対象とするモデル
外交官や正式公館活動は除外する一方、外国政府のために活動するPR会社、ロビイスト、シンクタンク、世論形成活動などについては登録対象とする考え方である。
米国FARAおよびオーストラリアFITS Actは、概ねこの方向に位置づけられる。
C案 国家関連活動を広く可視化するモデル
外交活動であっても、外国政府支援下の広報活動、メディア活動、学術活動、世論形成活動などを広く登録対象とし、国家影響力活動を包括的に透明化する考え方である。
近年のカナダやEUにおける外国干渉対策の議論は、この方向に接近しつつある。
考慮要素
外交特権との関係
外交関係に関するウィーン条約との整合性が問題となる。
国家主権
外国政府による正式外交活動への過度な規制は、国家間関係に摩擦を生じさせ得る。
透明性
外交活動を装った世論形成活動や影響工作をどこまで可視化するかが重要となる。
公共外交との境界
文化交流、教育交流、国際広報などをどこまで外交活動として扱うかが問題となる。
準外交主体の増加
シンクタンク、国営メディア、政府系研究機関など、外交と民間活動の中間的主体が増加している。
Direction or Control の立証
外国政府から具体的な指示・統制を受けているのか、単なる資金提供関係にとどまるのかは、外国代理人該当性を判断する上で重要となる。
安全保障
情報戦、認知戦、世論操作などが安全保障問題と結びつきやすくなっている。
相互主義
自国が外国政府活動を規制すれば、自国外交活動も海外で同様の規制対象となる可能性がある。
3 アメリカ(主にFARA)でどう扱われているか
米国FARAは、22 U.S.C. §613(a)において、正式に認証された外交官・領事官による活動を適用除外としている。
すなわち、
“a duly accredited diplomatic or consular officer”
については、原則としてFARA適用除外となる。
また、FARAは一定の公的活動、非政治的活動、通商活動等についても限定的除外を設けている。ただし、これらの除外は無制限ではなく、外交的・領事的職務の範囲内において認められるものである。
他方で、外交官本人ではなく、外国政府のために活動するPR会社、ロビイスト、コンサルタント、外国政府支援下のシンクタンク等については、FARA登録対象となり得る。
さらに、22 U.S.C. §611(o)は political activities を広く定義しており、米国内世論への影響活動も対象となる。
そのため、例えば、
・外国政府のためのメディアキャンペーン
・対米世論形成活動
・議会向け影響活動
・政策変更要請
・外国政府支援下のシンクタンク活動
・国家系メディアによる情報発信活動
などは、正式外交活動とは区別され、登録対象となる可能性が高い。
特に近年は、中国、ロシア、中東諸国関連の国家系メディアや政府関連団体に対するFARA執行が強化されている。
もっとも、米国FARAの基本構造自体は、正式外交活動を除外しつつ、周辺的国家影響活動を登録対象とするものであり、制度類型としては基本的にB案に近い。
他方で、近年の運用においては、安全保障上の懸念を背景として、国家関連影響活動をより広く可視化しようとする傾向も強まっている。
4 諸外国ではどうなっているか
英国
英国のTransparency of Lobbying, Non-Party Campaigning and Trade Union Administration Act 2014は、主として consultant lobbyists を対象とする制度であり、適用範囲は比較的限定的であった。
そのため、従来の英国制度は、外交活動を広範に制度外に置く点で、比較的A案に近い構造を有していた。
もっとも、近年はNational Security Act 2023に基づき、Foreign Influence Registration Scheme(FIRS)が導入されている。これは、外国政府の指示下で行われる政治的影響活動について登録義務を課す制度であり、英国は近年、外国国家関連活動の透明化を強化する方向へ移行しつつある。
その意味では、現在の英国制度は、A案からB案方向へ接近しつつあると評価できる。
EU
EU透明性登録制度は、EU機関への影響活動一般を対象とするが、正式外交活動については一定程度制度外に置いている。
他方で、外国政府関連主体による政策影響活動、シンクタンク活動、ロビイング活動については登録対象となり得る。
また、EUでは近年、外国情報操作・干渉(FIMI)への政策的対応が強化されており、国家関連影響活動への警戒感が高まっている。
さらに、欧州委員会は2023年、「民主主義防衛パッケージ」を公表し、第3国政府に代わって行われる影響活動の透明性強化を提案している。
もっとも、EUにおいて包括的な外国影響力登録制度が確立しているわけではなく、現時点では政策形成段階にある。
そのため、EUは基本的にはB案に位置づけられるが、一部ではC案方向への接近もみられる。
フランス
フランスでは、利益代表活動規制は主としてHATVPにより運用されているが、外交活動そのものを包括的に対象化する構造ではない。
他方で、外国国家による世論形成活動や政治的影響活動については、安全保障問題との接続が強く意識されている。
そのため、フランスは概ねB案に近い。
カナダ
カナダLobbying Actは、政府への影響活動一般について比較的広範な登録制度を採用している。
さらに、2024年にはCountering Foreign Interference Act(Bill C-70)が成立し、外国影響力透明性レジストリ制度が導入された。
これは、外国政府等の指示下で行われる政治的・政府的影響活動に対して登録義務を課すものであり、国家関連影響活動の透明化を強く志向する制度である。
そのため、近年のカナダ制度は、比較的C案に近づきつつあると評価できる。
オーストラリア
オーストラリアのForeign Influence Transparency Scheme Act 2018は、外国政府関連主体との関係を重視する制度である。
同法では、外国政府関連主体のために行う政治的又は政府影響活動について登録義務が課される一方、正式外交活動には一定の除外が設けられている。
したがって、オーストラリアは、正式外交活動を除外しつつ、政府関連影響活動を対象化する点で、B案に近い。
5 日本にあてはめると
日本では、外交活動とロビイング活動との境界について包括的制度が存在していない。
他方で、日本は安全保障上、米中対立、経済安全保障、情報戦の影響を強く受ける立場にあり、外国国家による影響力行使への関心は今後さらに高まる可能性がある。
特に、
・政府系シンクタンク
・国営メディア
・国家支援研究機関
・外国政府系PR活動
・学術・文化交流活動
・公共外交活動
などについて、どこまでを「外交活動」とみなし、どこからを「透明化対象」とするかは大きな論点となる。
また、日本では包括的外国影響力登録制度は存在しない一方、経済安全保障政策の進展により、特定外国主体との関係を安全保障上問題視する傾向は強まりつつある。
A案を採用すれば、外交摩擦や過度な国家間緊張を避けやすいが、影響工作の可視化は限定的となる。
B案を採用すれば、正式外交活動を尊重しつつ、周辺的影響活動に一定の透明性を確保できる。
C案を採用すれば、国家関連影響活動を広く可視化できるが、外交活動・学術交流・報道活動との境界が曖昧となり、表現の自由や学問の自由との衝突が生じ得る。
また、日本では外交と民間交流との境界が比較的曖昧であり、官民連携型の対外活動も多いため、制度設計には慎重な線引きが求められる。
6 考え方の整理
この論点の本質は、「正当な外交活動」と「透明化されるべき外国影響力活動」をどこで区別するかにある。
外交活動は本来的に国家間関係の一部であり、国際法上も一定の保護が認められている。
他方で、現代の国家影響力行使は、外交官だけではなく、メディア、シンクタンク、研究機関、PR会社、SNS、公共外交などを通じて行われる場合が増えている。
そのため、
・正式な外交資格を重視するのか
・活動内容を重視するのか
・世論形成性を重視するのか
・外国政府との実質的関係を重視するのか
によって制度設計は大きく変化する。
結局のところ、この論点では、「外交特権」「国家主権」「透明性」「安全保障」「表現の自由」という複数の価値が相互に衝突しているのである。
さらに、この問題は、外国影響力規制制度を「安全保障法制」として構想するのか、それとも「民主的透明性法制」として構想するのかという、制度理念そのものにも深く関わっている。
