【論点】それは広報か、外国影響活動か――日本版FARAにおけるPR活動の境界線
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 問題の所在
日本版FARAを設計するうえで、広報活動及びPR活動をどのように扱うかは、避けて通れない論点である。
なお、本稿は特定の制度案を提唱するものではない。日本版FARAを設計する場合に、広報・PR活動をどのように整理し得るか、その論点を確認するものである。
ロビイングというと、国会議員、行政官、政党関係者への直接の働きかけが想定されやすい。しかし、現代の政策形成では、影響力の行使は会議室の中だけで完結しない。調査レポート、シンポジウム、専門家コメント、メディア向け説明、SNSキャンペーンなどを通じて、政策環境や世論を形成することもある。
広報・PRを制度の外に置きすぎれば、外国主体がPR会社、広告会社、コンサルティング会社、シンクタンク、業界団体などを通じて政策論争に関与する場合に、透明化制度が機能しにくくなる。
他方で、広報・PRを広く捕捉しすぎれば、企業の通常の製品広報、観光プロモーション、文化交流、大学の国際広報、NGOの啓発活動、報道機関のニュース発信まで萎縮させるおそれがある。
したがって、この論点は「PRを対象にするか、対象外にするか」という二択では整理できない。問題は、誰のための発信か、何に影響を与える発信か、そして発信者がどのように見えているかである。
2. 判断のための三つの物差し
誰のための発信か
第一の物差しは、外国主体との関係である。
単に外国に関係するテーマについて発信しただけで、外国影響活動になるわけではない。問題となるのは、外国政府、外国公的機関、外国政党、外国国有企業、外国法人、外国団体、外国の政治家などから、依頼、指示、支配、資金提供を受けて行われる発信である。
ここで重要なのは、対価の有無だけで判断する設計には限界があるという点である。米国FARAも、報酬の有無だけで代理人性を判断しているわけではない。無償の協力関係や、思想的に近い団体を通じた代弁をどう扱うかは、制度設計上の論点として残る。
何に影響を与える発信か
第二の物差しは、政治的・政策的影響目的である。
問題となり得るのは、日本の法令、規制、予算、外交方針、行政判断、選挙、公的意思決定などに影響を与える目的を持つ発信である。
逆に、単なる商品広告、一般消費者向けの製品広報、観光宣伝、文化イベント、学術成果の通常発信については、政策的影響目的を直ちに推認する設計には慎重さが求められる。
もっとも、「目的」は内心そのものとして見るのではなく、外形的事情から判断する必要がある。政策担当者や政策関心層に届くように発信経路が設計されているか、成果物が政策変更や規制判断に結び付いているか、といった事情が手がかりになる。
発信者がどう見えているか
第三の物差しは、発信者の見え方である。
発信者が独立した専門家、研究機関、市民団体、業界団体、インフルエンサーのように見える場合、背後に外国主体の依頼や資金提供があるかどうかは、受け手にとって重要である。
ただし、第三者性は独立した登録要件ではなく、透明化の必要性を高める事情として位置づけることが考えられる。ここでいう第三者性とは、法定届出の有無ではなく、受け手から見て発信者が独立した主体として表示されているかという発信態様の問題である。
3. 比較法から見えること
米国FARAは、広報・PR活動をかなり広く捕捉し得る制度である。22 U.S.C. §611(c)は、外国本人の代理人について、政治活動を行う者だけでなく、public relations counsel、publicity agent、information-service employee、political consultant として活動する者も含めている。
ただし、FARAは入口を広く取るだけの制度ではない。22 U.S.C. §613は、一定の商業活動、宗教・学術・科学・芸術活動、真正な報道機関等について適用除外を定めている。さらに、登録要否や適用除外について司法省FARA Unitにadvisory opinionを求める仕組みもある。
英国FIRSやフランス、豪州の制度は、米国FARAのように広報職能を列挙するというより、外国主体との関係と政治的影響目的を中心に対象を画する方向に近い。英国FIRSでは政治的影響層について外国権力との取決めから28日以内の登録が求められ、フランスではHATVPが外国影響活動登録制度を管理する。
比較法から見えるのは、広報・PR活動を扱う制度では、入口、出口、判断手続をセットで設計する必要があるという点である。
4. 具体例で見る境界線
以下は、現行法上の届出義務の有無を論じるものではない。日本版FARAを設計する場合に、どのような活動を透明化対象に含め、どのような活動を通常の広報・研究・報道として扱うかを考えるための仮想事例である。
通常の製品広報は、透明化対象から外す整理が考えられる。外資系企業が新製品の機能や価格を説明するだけであれば、外国企業との関係はあっても、日本の政策判断への影響を目的とするものではないからである。
これに対し、外国政府系機関から資金提供を受けたPR会社が、日本の規制緩和を求めて、専門家コメント、シンポジウム、SNS広告を組み合わせる場合には、透明化対象に含める設計が考えられる。外国主体との関係、政策的影響目的、第三者的な発信手法が重なるからである。
難しいのは、その中間にある事例である。外国企業の日本法人が政策レポートを出す場合、シンクタンクが外国財団から委託を受けて報告書や政策担当者向け勉強会を行う場合、インフルエンサーが外国企業の依頼で発信する場合などである。
このような事例では、外国主体との関係があるかだけでは足りない。発信が政策判断に向けられているか、第三者的な外形が使われているか、資金関係や依頼関係が受け手に分かる形で示されているかが分かれ目になる。
透明化を重視する立場からは、こうした境界事例を制度の外に置きすぎると、第三者を介した影響力行使が見えにくくなるという懸念がある。他方で、表現の自由や通常の研究・広報活動を重視する立場からは、外国との関係を広く捉えすぎると、正当な発信まで萎縮させるという懸念がある。
5. 日本版FARAで必要な整理
日本では、「広報」「PR」「政策提言」「啓発活動」「研究発信」「報道」「ロビイング」の境界が明確ではない。
以下で述べる方向は、外国影響力の可視化を重視する場合に検討され得る整理である。他方で、通常の言論活動や表現の自由への配慮をより重視する立場からは、対象を直接ロビイングや公職者への働きかけに限定する設計も考えられる。
広報・PR活動を一律に除外する設計では、外国主体のための政策影響活動を十分に捕捉できない可能性がある。他方で、広報・PRという職能を広く列挙するだけでは、通常の広報実務を巻き込むおそれがある。
日本で検討される設計としては、外国主体との関係と政治的・政策的影響目的を基本にしつつ、通常の商業活動、報道、学術研究、文化交流などを守る出口を設ける方向が考えられる。
また、判断が難しい境界事例は必ず残る。そこで、事前確認、ガイドライン、典型事例集をどのように整えるかが問題となる。対象者が一定の事実関係を示して届出要否の見解を得られる仕組みがあれば、過剰届出と過剰萎縮の双方を抑えやすくなる。
企業の広報部やPR会社にとって深刻なのは、通常の製品PRや企業広報のつもりだった活動が、後から「外国影響活動」と評価されるリスクである。これは法令違反リスクにとどまらず、レピュテーションリスクにもつながる。
だからこそ、制度設計では、対象範囲をどう定めるかだけでなく、通常活動を安心して行える出口と手続をどう整えるかが問題となる。
6. 考え方の整理
広報・PR活動の扱いは、表現内容を規制する問題ではない。発信の背後にある関係性を、必要な範囲で見えるようにする問題である。
入口では、外国主体との関係と政治的・政策的影響との結び付きをどう見るかが問われる。出口では、商業活動、報道、学術研究、文化交流、市民社会活動について、適用除外又はセーフハーバーをどう設けるかが問題となる。判断手続では、事前確認、ガイドライン、典型事例集によって、対象者が自分で判断できる環境をどう整えるかが論点となる。
問題は、何を語ったかではない。誰のために、どのような関係で語っているのかである。
日本版FARAが、単なる直接ロビイングの届出制度にとどまるのか、それとも広報・PR活動を含む外国影響力透明化制度として設計されるのか。その分岐点の一つが、広報・PR活動という、地味だが実務上きわめて泥臭い領域をどこまで制度の中で扱うかにある。
この境界線をどう引くかは、外国影響力の可視化と、表現の自由・通常の広報活動の保護という二つの価値を、どのように重み付けるかという問題でもある。
