【論点】外国NGOは「市民社会」か「外国影響力」か――日本版FARAが直面する制度設計の難問
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 「善意のNGO」と「外国政府の隠れ蓑」の境界線
外国NGOは、外国政府でも外国企業でもない。
環境保護、人権擁護、国際協力、開発援助などの分野で、国境を越えて活動する市民社会の担い手である。日本の政策形成に対しても、調査研究、政策提言、キャンペーン、国際会議、国内団体との協働などを通じて、一定の影響を及ぼすことがある。
このような活動は、基本的には表現の自由、結社の自由、そして国際的な市民社会活動として尊重されるべきものである。
しかし、問題はそこで終わらない。
外国政府が、NGO、財団、研究機関、シンクタンクなどを通じて、間接的に影響力を行使する場合がある。表向きは人権、環境、平和、開発支援を掲げていても、その背後に外国政府の資金、指示、戦略的利益が存在する場合、制度はそれをどのように扱うべきなのか。
問題は、すべての外国NGOを疑うことではない。むしろ問題は、NGOや財団という外形が、外国政府による影響力行使の隠れ蓑として利用される場合を、制度としてどのように見分けるかである。
外国NGOは、市民社会の担い手なのか。それとも外国影響力の媒介者なのか。
この問いは、一見すると二者択一に見える。しかし、実際の制度設計において重要なのは、NGOという名称そのものではない。外国主体とのどのような関係を、どの程度まで可視化するかである。
2. 外国NGOを規制するのではない――見るべきは「関係性」だ
外国NGOをめぐる問題は、「外国NGOを対象に含めるか、除外するか」という主体分類の問題として語られがちである。
しかし、各国の制度を比較すると、実際の分岐点はそこにはない。重要なのは、外国主体との関係をどのような基準で透明化するかである。
この観点から見ると、制度設計には大きく三つの方向がある。
第一は、外国主体との代理関係を広く捉える案である。これは米国FARAに近い。
FARAは、foreign principalを外国政府や外国政党に限定していない。外国法人、外国団体、外国に所在する組織一般も含まれ得る。したがって、外国NGOだから当然に除外されるわけではない。
もっとも、FARAの本質は、外国NGOという属性そのものではなく、外国主体との代理関係と活動内容にある。外国主体の命令、要請、指示、支配の下で活動する場合だけでなく、活動が外国主体によって監督、指示、支配、資金提供又は補助されている場合にも、一定の政治的活動等を行えば登録義務が問題となり得る。
この案は透明化の射程が広い。だが、その分、正当な市民社会活動を萎縮させるリスクがある。また、対象が広すぎれば、行政が実際に執行できず、制度が形骸化する危険もある。
第二は、外国政府又は外国政府関連主体との関係に焦点を絞る案である。これはオーストラリアやフランスの制度に近い。
この案では、外国NGO一般ではなく、外国政府による所有、支配、資金提供、実質的影響力に着目する。制度の焦点を外国政府による影響力行使に絞れるため、市民社会活動への過剰な介入を避けやすい。
他方で、どの程度の資金提供や関与があれば「政府関連」と評価できるのかは難しい。外国政府の影響力行使は、財団、中間団体、研究助成、共同事業などを通じて多層的に行われることがある。形式だけを見れば、実質を取り逃がす。
第三は、外国権力との取決め、指示、依頼などを基準とする案である。これは英国FIRSに近い。
この案では、外国NGOであること自体ではなく、外国権力との具体的な関係性が重視される。明示の契約、取決め、指示、依頼などを基準にするため、登録義務の発生原因を比較的明確にしやすい。
もっとも、非公式な協力関係、黙示の了解、第三者を介した支援をどこまで捕捉できるかという課題は残る。
3. 米国型・英国型・豪仏型――各国制度は何を見ているのか
米国FARAは、外国NGOを特別に除外する制度ではない。問題となるのは、外国NGOか否かではなく、foreign principalとの関係性と、本人が行う活動の内容である。
英国FIRSは、Political Influence TierとEnhanced Tierの二層構造を採る。通常の政治的影響活動については、外国権力との取決めに基づく政治的影響活動を対象とする。他方、Enhanced Tierでは、指定された外国権力との取決め自体が登録対象となり得る。外国NGOそのものよりも、外国権力との関係性を重視する制度設計である。
オーストラリアのForeign Influence Transparency Scheme Actは、外国政府、外国政治組織、外国政府関連主体などを含むforeign principalのために行われる一定の影響活動を登録対象とする制度である。外国政府による影響力行使への対応を重要な背景としつつも、制度上は外国政府関連主体だけに限定されているわけではない。登録義務の有無は、誰のために活動するのか、どのような活動を行うのか、その活動が政治的又は政府的影響を目的とするのかによって判断される。
フランスは、2024年法律第2024-850号により、外国干渉を防止するための外国影響力透明化制度を導入した。同制度では、2013年法により設置されたHATVPが、新たに外国影響力活動に関する登録簿を管掌することになった。これは従来のロビイスト登録制度に単純に追加されたものではなく、外国主体のために行われる影響活動を可視化する別建ての仕組みとして理解すべきである。
カナダのForeign Influence Transparency and Accountability Actは、2024年に成立したが、主要規定はなお本格施行前であり、施行に向けた規則整備が進められている段階にある。同法は、外国国家又は外国権力等との取決めに基づき、カナダの政治的又は政府的プロセスに関する活動を行う者について、登録・透明化の仕組みを設けるものである。
4. 日本の空白――政治資金では見えない外国影響力
日本では、外国主体による政策影響活動を包括的に可視化する制度は存在しない。
政治資金規正法は、外国人や外国法人から政治家・政党への政治資金の流入を一定範囲で規制している。しかし、それは主として政治資金の直接的な流入を対象とする制度である。
外国主体が、NGO、財団、研究機関、シンクタンク、広告、SNS、政策提言活動などを通じて、間接的に政策形成へ影響を及ぼす場合、その経路を体系的に可視化する仕組みは十分に整っていない。
ここに、日本版FARAをめぐる制度的空白がある。
日本では、政策形成の場は国会だけではない。審議会、有識者会議、行政ヒアリング、政党部会、業界団体、研究会、自治体、メディア、SNSなど、影響経路は多層的である。
たとえば、エネルギー政策、人権問題、基地問題、環境規制、捕鯨・水産資源管理、サプライチェーン規制などの分野では、国内外のNGO、財団、研究機関、大学、シンクタンクが複雑に連携しながら政策形成に関与することがある。
そのすべてを疑うべきではない。むしろ、多くは正当な市民社会活動である。
しかし、その背後に外国政府の資金、指示、戦略的利益が存在する場合には、国民がその関係性を知ることには公益がある。
問題は、活動を禁止することではない。どの関係性を、どの程度まで、誰が、どの手続で透明化するかである。
ここで重要になるのが、所管機関と執行能力である。
総務省が担当すれば、政治資金規制との連続性が強まる。公安調査庁や警察庁が関与すれば、安全保障色が強まる。内閣官房が所管すれば、経済安全保障やインテリジェンスとの接続が強まる。外務省が関与すれば、外交関係との調整が前面に出る。
どの機関が所管するかによって、日本版FARAの性格は大きく変わる。
また、行政機関が外国主体との関係をどこまで調査・認定できるのかという問題も避けて通れない。立証責任の分配を誤れば、制度は形骸化するか、市民社会を萎縮させるかのいずれかに陥る。
そのため、日本版FARAには、真正な市民社会活動を保護するセーフハーバーも必要である。ただし、セーフハーバーは、単なる活動類型による一律免除として設計すべきではない。学術研究、人道支援、国際協力、公開シンポジウムといった外形は、正当な市民社会活動を保護するために重要である一方、外国政府系機関や官製NGOによる影響力行使の隠れ蓑として利用される可能性も否定できない。
そのため、セーフハーバーを設ける場合には、資金源、委託関係、研究助成の条件について一定の公開を求めるほか、継続的な活動については定期的な更新義務を課すことが考えられる。また、除外の適用後に外国権力による指示、支配又は秘密の取決めが判明した場合には、除外を取り消し、登録義務を生じさせる仕組みを設ける必要がある。
セーフハーバーは、抜け穴であってはならない。正当な活動を保護しつつ、隠された影響力行使を見逃さないための制度的な安全弁として設計する必要がある。
5. 考え方の整理――英国型を基本に、実質支配アプローチをどう組み合わせるか
日本版FARAを設計するのであれば、外国NGOを一律に対象とする制度には慎重であるべきである。
A案のように外国主体との代理関係を広く捉える制度は、透明化の射程を広く確保できる反面、市民社会活動への萎縮効果や執行コストの問題が大きい。
B案のように外国政府関連性を中心に据える制度は、外国政府による影響力行使を捕捉しやすい反面、資金源、所有関係、支配関係を広範に調査・認定する必要がある。多層的な資金提供や中間団体を通じた関与がある場合には、政府関連性の認定自体が難しくなる。
これに対し、C案のように外国権力との取決め、指示、依頼を入口にする制度は、登録義務の発生原因を比較的明確にしやすい。誰との間に、どのような取決めがあり、どの活動がその取決めに基づいて行われたのかを問うことができるため、立証対象を絞りやすい。
もっとも、取決めや指示だけを基準にすると、財団、中間団体、研究助成、共同事業などを通じた間接的な影響力行使を捕捉しにくい。
したがって、日本版FARAの制度設計としては、外国権力との取決め・指示を基本的な入口としつつ、一定の場合には、外国政府又は外国政府関連主体による継続的・大規模な資金提供、実質的支配、最終受益関係を補助的な入口として位置付ける案が考えられる。
ここでいう最終受益関係とは、誰が実質的にその活動から利益を受けるのかという問題である。
もっとも、この補助的入口は、外国NGO一般を広く調査対象にするためのものではない。明示の取決めや指示が確認できない場合であっても、継続的かつ相当規模の資金提供、役員派遣、事業計画への関与、成果物の事前確認、活動方針への実質的影響などが認められるときに限り、登録義務を問題にするための限定的な仕組みとして設計すべきである。
このように、取決め・指示を主たる入口としつつ、実質的支配や継続的資金依存を限定的な補助的入口として位置付ければ、制度の明確性を維持しながら、純粋な資金的従属関係を通じた間接的影響力行使にも一定程度対応できる。
これは、純粋な英国型でも、純粋な豪州・フランス型でもない。英国型の明確性を出発点にしながら、実質支配アプローチを補助線として組み合わせる設計である。
外国NGOをめぐる問題は、「市民社会か、外国影響力か」という単純な二分法では解けない。
問われるべきなのは、NGOという名称ではなく、外国権力との関係性である。
誰が資金を提供し、誰が意思決定に影響を与え、誰の利益のために活動しているのか。
日本版FARAが可視化しようとしているのは、その関係性なのである。
