【論点】日本版FARAとスパイ防止法の違いとは?外国影響力規制と国家安全保障法制の役割分担を考える
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 問題の所在
外国による影響力行使への対応を考えるとき、しばしば議論になるのが「外国代理人登録法(FARA型制度)があれば十分なのか、それともスパイ防止法も必要なのか」という問題である。
一見すると両者は似ているように見える。しかし、外国政府のために秘密情報を盗む行為と、外国の利益のために政治活動や世論形成活動を行う行為は、必ずしも同じではない。
そのため、制度設計によっては、両者を明確に分離する考え方もあれば、同じ国家安全保障法制の一部として扱う考え方もある。
他方で、規制対象を広げすぎると、正当な言論活動や国際交流まで萎縮させるおそれもある。逆に、厳格に区別しすぎると、外国による影響工作への対応が不十分になる可能性もある。
外国影響力規制とスパイ防止法制は、同じ問題を扱っているのか、それとも別の問題を扱っているのか。この問いは制度全体の設計思想を左右する重要な論点である。
2. 論点の分解
(1)選択肢
A案 影響力規制とスパイ規制を完全に分離する
米国のFARAに近い考え方である。
外国代理人登録制度は透明性確保を目的とし、スパイ行為や機密情報窃取は別の刑事法で処理する。
登録制度は情報公開制度であり、スパイ防止法ではないという整理である。
B案 影響力規制とスパイ規制を並列的に運用する
オーストラリアやカナダに近い考え方である。
外国影響力の透明化制度と、国家安全保障上の犯罪を処罰する制度を別々に設けるが、両者を同じ安全保障政策の枠組みの中で運用する。
透明性確保と刑事規制を相互補完的な制度として位置付ける。
C案 影響力規制とスパイ規制を統合的に設計する
近年の英国にみられる考え方である。
外国政府による影響工作、秘密情報取得、政治介入、世論操作などを一体の国家安全保障リスクとして捉え、包括的な法制度で対応する。
(2)考慮要素
制度目的の明確性
A案は目的が明確である。
透明性確保と刑事処罰を分離するため、何を規制しようとしているのかが分かりやすい。
他方で、現実の外国影響工作は公開活動と秘密活動が組み合わされることも多く、制度間の連携が課題となる。
捜査機関の権限
C案は執行機関に広範な権限を与えやすい。
しかし、その分だけ政治活動や言論活動への介入リスクも高まる。
言論の自由への影響
影響力活動の中には、ロビイング、政策提言、研究活動、報道活動なども含まれる。
スパイ行為と同じ枠組みで扱う場合、正当な活動との境界線が問題となる。
萎縮効果(Chilling Effect)
外国政府との関係を開示させる制度であっても、その運用次第ではNGO、大学、研究機関、報道機関などの正当な国際交流を萎縮させる可能性がある。
透明性向上と市民社会の自由な活動をどのように両立させるかが課題となる。
国家安全保障上の実効性
外国政府による影響工作は、公開活動と秘密活動が組み合わされることが多い。
そのため、制度を厳格に分離すると全体像が見えにくくなるという指摘もある。
行政コスト
制度を分離すれば担当機関も分かれる。
一方で統合すれば効率化できる可能性があるが、制度が複雑化するおそれもある。
3. アメリカ(主にFARA)でどう扱われているか
米国は、基本的にA案を採用している。
FARAは外国影響力の透明化を目的とする制度であり、スパイ行為の処罰を目的とする法律ではない。
FARAの中心規定は22 U.S.C. §611(c)の「agent of a foreign principal」の定義および22 U.S.C. §612(a)の登録義務である。
一方、スパイ行為や外国政府による秘密活動は、主として合衆国法典第18編によって処理される。
例えば、
18 U.S.C. §793(国防情報の収集・伝達)
18 U.S.C. §794(外国政府への情報提供)
18 U.S.C. §951(a)(司法長官への事前通知なく外国政府の指示・統制下で活動すること)
などが存在する。
特に18 U.S.C. §951はFARAとの比較でよく議論される。FARAが透明性制度であるのに対し、951条は外国政府の指示・統制下で活動する者に対して刑事責任を課す規定である。
したがって米国では、外国影響力規制とスパイ規制は法的には明確に分離されているため、制度設計としてはA案に最も近い。
もっとも、実務上は司法省がFARA違反と951条違反を組み合わせて起訴することも多く、運用面ではB案的な相互補完性も有している。
4. 諸外国ではどうなっているか
英国
英国はC案に最も近い制度を採用している。
National Security Act 2023では、外国勢力による影響活動と国家安全保障犯罪を一体的な脅威として扱っている。
例えば、
Part 1 Section 3(Obtaining or disclosing protected information)
Part 4(Section 62以下を中心とするForeign Influence Registration Scheme)
などが規定されている。
登録制度とスパイ罪を同一法の中に位置付けており、透明性確保と安全保障対策を統合的に設計している。
オーストラリア
オーストラリアはB案に近い。
Foreign Influence Transparency Scheme Act 2018により外国影響力登録制度を設ける一方、Criminal Code Act 1995のDivision 91およびDivision 92においてスパイ罪や外国干渉罪を整備している。
両制度は別法であるが、国家安全保障政策として相互補完的に運用されている。
カナダ
カナダもB案に近い。
2024年にForeign Influence Transparency and Accountability Act(FITAA)が制定され、外国影響力登録制度が創設された。
同時にSecurity of Information Actや刑法の改正を通じて外国干渉対策も強化されている。
透明性制度と刑事規制を別制度として維持しながら、安全保障政策として一体的に運用している点が特徴である。
フランス
フランスは従来、行政的対応や情報機関による監視と刑法によるスパイ処罰を中心とするA案に近い制度を採用していた。
しかし、2024年に外国干渉防止法(Loi n° 2024-850)が成立し、外国の影響力代表者に関する登録制度が導入された。
その結果、現在のフランスはA案からB案へ移行しつつある段階にあると評価できる。
5. 日本にあてはめると
日本ではこの論点は特に重要である。
なぜなら、日本には包括的なスパイ防止法が存在しないからである。
現在は、
特定秘密保護法
重要経済安全保障情報の保護及び活用に関する法律
不正競争防止法
などが部分的な役割を担っている。
また、刑法には外患罪(刑法第81条〜第89条)が存在するものの、適用範囲は極めて限定的であり、現代的な諜報活動や外国干渉への対応法制とは性格を異にしている。
そのため、日本版FARAを議論する際にも、「実質的なスパイ防止法として使うべきだ」という意見が出やすい。
他方で、NGO、市民団体、研究機関、大学、報道機関などからは、「外国代理人登録法が実質的なスパイ防止法として運用され、正当な国際交流や市民活動に対する監視手段となるのではないか」という懸念も示される可能性が高い。
A案を採用する場合、日本版FARAは透明性制度に限定される。
制度目的が明確になる一方で、安全保障上の脅威への対応は別途検討が必要となる。
B案を採用する場合、日本版FARAと安全保障関連法制を並行整備することになる。
比較法的には最もバランスが取りやすい選択肢である。
C案を採用する場合、外国影響力規制が国家安全保障法制へと大きく接近する。
ただし、日本では表現の自由や政治活動の自由との関係が強く問題になる可能性がある。
6. 考え方の整理
この論点の本質は、「透明性の問題」と「安全保障の問題」をどこまで同じものとして扱うかにある。
外国政府のために秘密裏に活動する者を取り締まる必要性は広く共有されている。しかし、その手段として、公開と登録を求める制度と、刑事処罰を行う制度をどのように組み合わせるべきかについては、各国の考え方が分かれている。
透明性を重視すればA案に近づく。
安全保障を重視すればC案に近づく。
その中間としてB案が存在する。
外国影響力規制は「誰が何をしているかを明らかにする制度」なのか。それとも「国家安全保障上の脅威を防ぐ制度」なのか。
もし両方を目指すとしたら、その境界線はどこに引くべきなのだろうか。
