【論点】日本版FARAはメディアを規制するのか――外国影響力と報道の自由を考える
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 問題の所在
外国影響力規制を考えるとき、もっとも難しい論点の一つがメディア活動への関与である。
外国影響力行使というと、政治家や官僚へのロビイングが想起されやすい。しかし現代においては、政府への直接的な働きかけだけでなく、世論形成を通じた影響力行使も重要な手段となっている。
例えば、外国政府や外国政府系団体が広告を出稿する場合、外国主体が資金提供するシンクタンクや研究機関が情報発信を行う場合、あるいは外国主体のためにインフルエンサーが発信を行う場合、それらは単なる言論活動なのか、それとも外国影響力行使なのか。
他方で、報道、論評、学術研究及び言論活動は民主主義社会の基盤でもある。外国主体との関係があることを理由として過度に規制すれば、報道の自由や表現の自由を萎縮させる危険もある。
したがって、本論点は「メディア活動を規制するべきか」という問題ではない。むしろ、「外国主体が関与する情報発信について、どこまで透明性を求めるべきか」という問題として整理する必要がある。
2. 論点の分解
(1)制度設計要素
A 公衆向けコミュニケーションを対象に含めるか
外国主体のために行われる広報活動、広告活動、メディア活動、SNS発信等を広く制度の対象とする考え方である。
この考え方の背景には、現代の外国影響力行使は、政府や議会への直接的なロビイングだけではなく、世論形成を通じて行われることが多いという認識がある。
そのため、政府への接触だけを対象とした場合、制度の実効性は大きく損なわれる。外国主体のために行われる公衆向けコミュニケーションも透明化の対象とすべきであるという発想である。
この考え方は、フランスの外国影響力登録制度やオーストラリアのFITSに比較的近い。
B 真正な報道活動を除外するか
外国影響力行使を広く対象としつつも、報道機関やジャーナリストによる真正な報道活動については制度の対象から除外する考え方である。
報道活動は民主主義社会の基盤であり、登録制度が報道活動に過度に介入すれば萎縮効果が生じるおそれがある。そのため、報道の自由を保護する観点から一定の除外規定を設けるものである。
この考え方は米国FARAに近い。
C 認定ニュース媒体に特別な保護を与えるか
報道活動一般ではなく、一定の要件を満たした認定ニュース媒体に限って特別な例外を認める考え方である。
この案では、制度の適用範囲を比較的明確にできる反面、どの媒体を認定するのかという新たな問題が生じる。
伝統的な新聞社や放送局は対象となっても、新興メディアや個人ジャーナリストが対象外となる可能性もある。
この考え方は英国FIRSに比較的近い。
D 外国主体による実質的支配がある場合には再び対象とするか
報道機関やニュース媒体について例外を認めたとしても、外国主体による所有、支配、指揮、監督、資金提供、編集方針への関与等が認められる場合には、再び制度の対象とする考え方である。
もっとも、どの程度の関与をもって「実質的支配」と評価するのかは容易ではない。
例えば、一回限りの広告出稿と継続的な資金提供は同じではない。また、資金提供が存在しても編集権が独立している場合と、編集方針自体に関与している場合とでは性質が異なる。
各国制度においても、この境界線の設定は重要な課題となっている。
(2)考慮要素
報道の自由
報道機関は民主主義社会における監視機能を担っている。
そのため、外国影響力規制が報道活動に過度に介入すると、取材活動や編集活動に萎縮効果を生じさせるおそれがある。
特に、外国人記者、海外メディア、国際共同取材等との関係をどのように整理するかは重要な問題である。
国民の知る権利
他方で、国民には情報の背景を知る利益がある。
ある記事、広告、研究報告書、SNS投稿が外国主体の依頼、資金提供又は指示に基づいて行われている場合、その事実は情報の評価に影響を与え得る。
透明性制度は、発信内容を禁止するものではなく、その背景関係を可視化することに目的がある。
編集の独立性
外国主体との関係が存在する場合でも、それだけで外国影響力行使と評価できるわけではない。
重要なのは、編集方針や発信内容に対する実質的な影響力が存在するかどうかである。
もっとも、「実質的な影響力」をどのように判断するのかは容易ではなく、制度設計上の重要な課題となる。
客観的関係性の立証
外国影響力規制においては、外国主体との関係をどのように立証するかも重要な課題である。
現代の情報空間では、外国主体から資金提供や指示を受けて活動する場合だけでなく、外国政府の立場に思想的に共鳴した個人や団体が、自発的に同様の主張を行うことも少なくない。
しかし、単なる思想的共鳴や価値観の一致と、契約、指示、依頼、資金提供等に基づく活動とは区別されるべきである。
制度設計においては、どのような客観的関係性を登録や開示の要件とするのかが重要な論点となる。
オンライン空間への対応
現在の世論形成は、新聞やテレビだけで行われているわけではない。
SNS、動画配信サービス、ポッドキャスト、ニュースレター、インフルエンサー等、多様な情報流通経路が存在している。
外国主体による影響力行使の多くも、こうしたオンライン空間を通じて行われる可能性がある。
そのため、制度設計に当たっては、伝統的メディアだけでなく、オンライン空間をどのように位置付けるかも重要な論点となる。
執行可能性
対象範囲を広げれば制度の網羅性は高まるが、執行は困難になる。
逆に対象範囲を限定すれば執行は容易になるが、制度の抜け穴も増える。
制度は理論的に整合しているだけでは足りず、現実に執行可能でなければ意味を持たない。
3. アメリカ(主にFARA)でどう扱われているか
米国FARAは、外国主体による情報発信活動を制度の対象としている代表的な制度である。
22 U.S.C. §611(c)(1)は、外国本人のために一定の活動を行う者を外国代理人として定義している。また、22 U.S.C. §611(g)は広告、出版、放送等を通じて情報を流通させるpublicity agentを定義し、22 U.S.C. §611(h)は情報資料の作成又は配布に従事するinformation-service employeeを定義している。
さらに、22 U.S.C. §611(o)はpolitical activitiesを定義しており、政府の政策や意思決定への影響を目的として、公衆に対する働きかけや勧誘等を行う活動も制度の対象となり得る。
このため、FARAは政府への直接的なロビイングだけでなく、公衆向けの広報活動や情報発信活動も制度の射程に含んでいる。
他方で、22 U.S.C. §611(d)は、真正なニュース活動又はジャーナリズム活動について一定の除外を認めている。ただし、外国本人による所有、支配、指揮、監督、資金援助(subsidized)等が認められる場合や、編集方針が外国本人によって決定されている場合には、この除外は適用されない。
実際には、2017年にRT Americaの米国配給会社であるT&R Productions LLCがFARA登録を求められた事例をはじめ、ロシアや中国の国営メディアをめぐり、何が「真正な報道活動」であり、何が外国政府による影響力行使であるのかが大きな論争となっている。
米国の制度は、公衆向けコミュニケーションを対象に含めつつ(A)、真正な報道活動について例外を認め(B)、外国主体による実質的支配がある場合には再び制度の対象とする(D)構造を採用していると整理することができる。
4. 諸外国ではどうなっているか
フランス
フランスでは、Loi n° 2024-850 du 24 juillet 2024により、外国干渉対策の一環として外国影響力活動に関する登録制度が導入された。
制度の対象には、公務員等への働きかけだけでなく、公衆向けコミュニケーションも含まれている。
そのため、世論形成を通じた影響力行使についても制度の射程に含める構造となっている。
採用要素:A
オーストラリア
オーストラリアのForeign Influence Transparency Scheme Act 2018は、外国本人のために行われる政治的又は政府的影響活動について透明化を求める制度である。
同法はcommunications activityを登録対象活動の一つとして位置付けており、情報や資料の作成、公表、配布、放送、電子的通信等を通じた公衆向けコミュニケーションも制度の対象となり得る。
もっとも、制度の対象範囲が広いため、執行可能性との関係が継続的な課題として指摘されている。
採用要素:A
英国
英国FIRSは、外国勢力による政治影響活動を登録対象としている。
他方で、Recognised News Publisherについては例外規定が設けられている。
この制度は、外国影響力の透明化を図りつつ、一定のニュース媒体について制度的な保護を与える構造を採用している。
もっとも、どの媒体が認定を受けることができるのか、また新興メディアや独立系ジャーナリストをどのように位置付けるのかについては議論が存在する。
採用要素:A+C
カナダ
カナダでは、Foreign Influence Transparency and Accountability Actにより外国影響力活動の透明化制度が導入されている。
その立法過程では、安全保障上のリスクへの対応と、学問の自由やジャーナリズムの自由との調整が重要な論点となった。
制度の基本的な発想は、外国主体との関係を登録・公開することにより、民主的意思形成の透明性を高めようとするものである。
採用要素:A
EU
EUでは、外国主体による利益代表活動の透明性を高める制度について議論が進められている。
その一方で、市民社会団体や学術団体に対する萎縮効果への懸念も指摘されている。
透明性の確保と表現の自由の保護をどのように調和させるかが大きな課題となっている。
採用要素:A
5. 日本にあてはめると
日本には、外国主体によるメディア活動や世論形成活動を包括的に可視化する一般法は存在しない。
もっとも、外国主体によるメディア関与を全く規律していないわけではない。
例えば、放送法及び電波法は基幹放送事業者に対する外資規制を設けている。また、外為法は一定の対内直接投資について事前届出制度を採用している。
しかし、これらはいずれも所有規制や投資規制を中心とするものであり、外国主体による広報活動、広告活動、シンクタンク活動、インフルエンサー活動等を横断的に可視化する制度ではない。
そのため、日本版FARAを検討する場合には、既存制度では把握されにくい外国影響力行使をどのように可視化するかが課題となる。
例えば、外国主体が広告代理店やPR会社を通じて世論形成活動を行う場合、その関係性は必ずしも一般に明らかにならない。
また、シンクタンク、研究機関、専門家、インフルエンサー等を通じて政策的メッセージが発信される場合にも、その背後関係は見えにくい。
さらに、日本では記者クラブ制度を通じて政策情報が集中的に流通する一方、SNSや動画配信サービスの影響力も急速に拡大している。
もっとも、記者クラブ制度は外国影響力規制との関係で二面的な性格を有する。
一方では、主要メディアへの参入障壁として機能し、外国主体による直接的な情報浸透を一定程度抑制する側面がある。他方では、外国主体がシンクタンク、研究機関、広告代理店、専門家ネットワーク等を通じて「客観的な研究成果」や「専門的知見」の形式で情報を流通させた場合、その背後関係が十分に検証されないまま報道や政策議論に取り込まれる可能性もある。
そのため、日本版FARAを検討する場合には、新聞やテレビ等の伝統的メディアだけでなく、オンラインメディア、シンクタンク、インフルエンサー等をどのように位置付けるかが重要な論点となる。
6. 考え方の整理
本論点は、「メディア活動を対象にするべきか、除外するべきか」という単純な二者択一ではない。
むしろ、外国主体による公衆向けコミュニケーションをどこまで制度の対象とするのか、そして、どのようなメディア活動に例外を認めるのかという二段階の問題として理解する必要がある。
諸外国の制度をみても、公衆向けコミュニケーションを対象に含める制度と、報道活動を保護する例外規定は必ずしも対立するものではない。実際には、これらを組み合わせた制度設計が採用されることが多い。
その際の実務上の核心は、外国主体との契約、指示、依頼、資金提供等の客観的な関係性をどのように把握するかにある。
もっとも、外国主体との関係がないにもかかわらず、結果として外国政府の立場と一致する意見を表明する者は少なくない。制度設計においては、そのような思想的共鳴や価値観の一致と、外国主体との契約、指示、資金提供等に基づく活動とを区別することが不可欠である。
もしこの区別が曖昧になれば、外国影響力の透明化制度は、特定の意見や立場を不当に萎縮させる危険を伴うことになる。
他方で、客観的関係性の立証を過度に厳格にすれば、実質的な外国影響力行使を把握できなくなる可能性もある。
さらに近年では、外国影響力行使の舞台は新聞やテレビだけではない。SNS、動画配信サービス、ポッドキャスト、ニュースレター、インフルエンサーなど、多様な情報流通経路が存在している。
そのため、本論点において本質的に問われているのは、「メディアを規制するかどうか」ではなく、「誰が、誰のために、どのような形で情報発信を行っているのかを、どこまで社会に見えるようにするのか」という点である。
この観点からすれば、一つの制度設計上の方向性は、発信内容そのものを規制するのではなく、外国主体との客観的な関係性がある場合に、その関係を表示させるという方法である。
すなわち、外国主体の委託、指示又は資金提供に基づく公衆向けコミュニケーションについては、その発信が誰のために行われているのかを表示させ、情報の評価は読者や視聴者に委ねるという考え方である。
これは、言論を禁止する制度ではなく、情報の背景を可視化する制度である。
もっとも、このような表示義務を導入する場合でも、対象となる外国主体の範囲、委託・指示・資金提供の認定基準、報道活動に対する例外の範囲を慎重に設計しなければならない。
外国主体による影響力行使を可視化する必要性と、自由な言論空間を維持する必要性は、いずれも民主主義社会において重要な価値である。
では、日本においては、どのような情報発信について透明性を求め、どのような活動を自由な言論として保護すべきなのだろうか。
