【論点】学問の自由との関係をどう考えるか
▶︎日本版FARA全体の論点は、以下で体系的に整理している。
→ 外国代理人登録法(論点整理・まとめ)
1. 問題の所在
外国影響力規制や外国代理人登録制度を設計する際、しばしば問題となるのが学問の自由との関係である。
大学や研究機関は本来、自由な研究活動や国際的な学術交流によって発展してきた。他方で、近年では外国政府が大学、研究機関、シンクタンク等を通じて自国に有利な情報発信や政策形成への影響力行使を試みる事例も各国で問題視されている。
そのため、外国政府との関係について透明性を求めるべきだという考え方と、研究活動に国家が介入することは学問の自由を損なうという考え方が対立する。
外国影響力規制は国家安全保障の問題であると同時に、民主主義や自由な知的活動の問題でもある。どこまで透明性を求め、どこから先は学問の自由として保護すべきなのか。この論点は制度設計全体の方向性を左右する重要なテーマである。
2. 論点の分解
(1)選択肢
A案 学術活動を全面的に適用除外とする
大学や研究機関による研究活動は、外国政府との関係の有無を問わず制度の対象外とする考え方である。
研究内容や研究資金の出所について政府が関与しないため、学問の自由を最大限尊重できるという利点がある。
一方で、外国政府が大学や研究機関を通じて影響力を行使する場合であっても規制が及ばなくなるため、制度上の大きな抜け穴になる可能性がある。
B案 透明性のみ求める
研究活動そのものは自由としつつ、外国政府や外国公的機関との一定の関係について届出や公開を求める考え方である。
研究内容や研究テーマには介入しない一方、資金提供者や委託元との関係を社会が把握できるようになる。
ただし、研究者側からは「監視されている」と受け止められる可能性があり、萎縮効果を生じるおそれもある。
C案 外国政府との代理関係に限定して規制する
学術活動は原則として自由としながら、外国政府や外国政党の指示、依頼又は管理の下で政策的な活動を行う場合のみ対象とする考え方である。
学問の自由への影響を最小限に抑えることができる反面、外国政府系財団や実質的なフロント団体などを通じた影響力行使への対応が難しくなる場合がある。
(2)考慮要素
学問の自由の保障
憲法上の学問の自由は、研究テーマの選択や研究成果の発表を国家権力から守る役割を果たしている。
制度が研究内容そのものに影響を与えるようになると、学術活動の独立性が損なわれるおそれがある。
外国影響力への対応
近年の外国影響力工作では、大学や研究機関が情報発信や政策形成への影響力行使の媒体として利用されるケースも指摘されている。
そのため、学術分野を完全に対象外とすることには安全保障上の懸念も存在する。
国際共同研究への影響
現代の研究活動は国際共同研究を前提としている。
規制が過度に厳格になると、研究交流や国際的な人材交流そのものが萎縮する可能性がある。
透明性と規制の違い
研究活動を規制することと、外国政府との関係を開示させることは必ずしも同じではない。
どこまでを「透明性の確保」と考え、どこからを「規制」と考えるかによって制度評価は大きく変わる。
3. アメリカ(主にFARA)でどう扱われているか
米国のFARAは、学術活動そのものを禁止する制度ではない。
FARA第611条(c)(1)は、外国本人の代理人として一定の活動を行う者を登録対象としており、その中核には外国本人のために行われる政治活動が含まれている。また、第611条(o)は「政治活動」の定義を定めている。
他方で、第613条(e)は、真正な宗教的、学術的、教育的、科学的活動又は芸術活動について一定の適用除外を認めている。
もっとも、この規定は学問の自由一般を包括的に保障するものではない。外国本人の代理人として政治的影響力活動を行う場合には、登録義務が問題となり得る。
そのため、米国制度は学術活動を全面的に除外するA案ではなく、真正な学術活動を保護しつつ、外国本人のための政治的影響力活動については登録対象とする制度であり、B案とC案の中間に位置付けることができる。
4. 諸外国ではどうなっているか
英国
英国のForeign Influence Registration Scheme(FIRS)は、National Security Act 2023に基づいて導入された制度である。
同制度は、外国勢力との一定の関係に基づいて行われる政治的影響力活動について登録を求めるものであり、学術研究一般を規制対象とする制度ではない。
そのため、英国制度はC案に近い制度設計と評価できる。
オーストラリア
オーストラリアのForeign Influence Transparency Scheme Act 2018(FITSA)は、外国政府関連主体のために行われる一定の影響力活動について登録を求める制度である。
一方で、学術活動や報道活動については一定の例外規定が設けられている。
制度の主眼は透明性の確保にあり、オーストラリア制度はB案に近い制度と評価できる。
カナダ
カナダでは、Foreign Influence Transparency and Accountability Actにより外国影響力登録制度の導入が進められている。
制度の目的は、外国政府等との関係に基づく影響力活動の透明性を確保することにある。
制度全体としては、外国政府との関係に着目するC案に近い方向性を有している。
フランス
フランスでは、外国影響力への対応強化が近年の政策課題となっているが、英米豪のような包括的登録制度は限定的である。
そのため、透明性確保と国家安全保障上の要請との調整が引き続き検討されている段階にある。
5. 日本にあてはめると
日本国憲法第23条は、「学問の自由は、これを保障する」と規定している。
そのため、研究テーマや研究内容に国家が介入する制度は、強い憲法上の問題を生じる可能性がある。
一方、日本でも近年は経済安全保障推進法や研究インテグリティに関するガイドラインなどを通じて、研究資金の出所や外国との関係について透明性を求める動きが強まっている。
A案を採用した場合には学問の自由への配慮は最も強くなるが、外国政府による影響力行使への対応は困難になる。
B案を採用した場合には既存の研究インテグリティ制度との整合性が高く、比較的導入しやすい可能性がある。
C案を採用した場合には憲法上の問題を最小限に抑えつつ外国政府による政治的影響力行使への対応が可能となるが、実質的な影響力工作をどこまで把握できるかという課題が残る。
6. 考え方の整理
この論点は、国家安全保障と学問の自由という二つの重要な価値の調整の問題である。
学問の自由を重視し過ぎれば外国影響力への対応が不十分になる可能性がある。他方で、安全保障を重視し過ぎれば自由な研究活動や国際交流が萎縮するおそれがある。
また、研究活動そのものを規制することと、外国政府との関係について透明性を求めることは同じではない。どの段階から国家の関与と評価すべきかによって制度設計は大きく変わる。
外国政府との関係について社会が知る権利と、研究者が自由に知を探究する権利はどのように調和されるべきなのだろうか。そして、その境界線は誰がどのような基準で決めるべきなのだろうか。
