キモいという言葉について自分なりに考えた話

キモいという言葉があります。私もあまり好きじゃない言葉です。でも言われたこともちょこちょこあります。

あまりにも強すぎて使うのが怖い言葉でもありますね。現代だと使いすぎると逆にSNSで袋叩きにされかねない怖さすらある概念です。

何がどうキモいのかよく分からないこともあるし、キモ可愛いとかの概念もあったりします。

今回は深く「キモい」という言葉について考えてみました。私自身おじさんで、おじさんが考えた内容ですので時代遅れかもしれません。

まずは「気持ち悪い」を短くしたのがキモい、という概念です。基本ですね。

さらに言えばキモいという言葉はもう既に定着していて死語かもしれない可能性もあります。今だとより辛辣なのが「無理」かもしれませんね。

「キモすぎて無理」それを縮めて「無理」ってわけですね。難しいのは推しが好きすぎての「尊すぎて無理」なども「無理」なところかと思います。

この2つをどっちも同時に使っている場合、ひょっとしたら推しの相手がエゴサしてる時に大ダメージを与えてるケースもありそうで怖いですね。

尊い相手だから無理なのに、キモすぎて無理なのかと勘違いしてしまうケース。

いかに周りから賞賛を浴びている、アイドルや顔の良い人も、ネガティブになる時やエゴサする時だってあると思うので、なかなか難しいところですね。

私はただ歩いていただけなのに、学生の群れの一人の女子中高生に「無理」と言われ凹んだ事もあります。

では「キモい」とか「無理」、さらに今後それらの発展形として現れるであろう、いずれにせよネガティブな表現が内包する、「気持ち悪い」は、どのようなものなのか。

個人的には私はカエルとかヘビとか虫とか、醜いもの、好きじゃないものに対するものでもあるかと思いますが、さらに言えば「許容量を超えたもの」なのではないか、と思っています。

そこからすれば割と何にでも「キモい」「無理」を叩きつける人は、恐らくはあまり許容量が多くない人なんじゃないかな、という気がします。私の考えですけどね。

例えばファッションもメイクも好きでダイエットも頑張っている人からすれば、お風呂も入っていなくて、ファッションもダサくて太っている人は、だから「無理」だし「キモい」のかなと。

あと流行りを追っていたりしてもそうだと思います。野暮ったくて謎の人ほど「キモい」は言われやすいかと思います。

要は理解の範囲外なことが多いと思うのです。分からない事が多すぎる。それらの概念を内包した、「無理」であり「キモい」。さらにそれらを言わないでの無視やスルー。

人間という生き物は分からないものが怖い心理があるらしいです。たとえばイジメの対象になる人って、結構周りから見た時に「よく分からない」と思われている人であることも多い。

その「よく分からない」部分、あまり人に理解されない部分、それらが「キモい」「無理」、だから攻撃されやすい。

なぜか。その人が普段全く喋らなくて怖くても、攻撃することで相手が反応しますね、反応するだけ怖くなくなります。だから攻撃するわけです。

イジメの心理の一つがこれです。決して私もイジメを必要なものとは思いませんが。

多分人間や集団の心理として、個体を周囲に合わせようとする心理なんだと思います。必要なケースもありますし、イジメにならない形でならそれは救いにもなります。

では「キモい」「無理」と思う側は何もしなくても正しいのか?そちらに誰も彼もが合わせる必要があるのか?ってところに行きます。

私的には全くそうは思いません。まあ大抵の人は徐々に、世の中のことも知っていくから、

「キモい」「無理」なこと、気持ち悪いこと、分からないこと、許容量を超えることは減っていき、

愛想笑いで乗り切るとか、無視やスルー以外もできるようになっていくことが多いと思います。

でも何らかの理由、たとえば忙しい、おしゃれや流行りなどに全振りしている、キモいことが許せない、そのまま「キモい」「無理」を拒み続ける人もいるかと思います。

でもその場合もやはり、いかにその「キモい」「無理」と拒絶した側が大多数の人の共感を得られていても、

許容できないものを拒み続ける事は、なかなか難しいかと思います。学校なら関わらないだけで済みますね。

でも大人になると、自分としては「キモい」「無理」な人や物事にも、接するしかない時がやってくる。

もちろん、接しないといけないとは私は思いません。嫌ならより都会に行くといいと思います。

都会にも「キモい」「無理」はいくらでもあるでしょう。でも人も仕事も沢山なので、避けても割と何とかなるかと思います。

でも誰もが都会にすっと行けるとは限らない。それこそ、家庭で苦しいことがある、だから何事にもまず「キモい」「無理」と、許容量をオーバーしやすい場合もある。

でも地方からなかなか出られない。そんな人も多くいるでしょう。では許容量を上げるにはどうするのがいいか。結局理解できれば楽になる、というのは大いにあるかと思います。

たとえば不潔で接するのが嫌な人もいれば、よく関わっていて、よく見ると不潔なのに人から好かれている人もいますね。

では人から好かれている人はなぜ「無理」「キモい」にならないのか。よくコミュ力とか言われるアレが高いことが多いですが、他にも「分かりやすい」というのもあるでしょう。

例えば太っている人が優しくてみんな誰とも仲良くなれてすぐ誰にも話しかける、いつも何か食べてる、大食い。

いわゆる「食いしん坊」キャラなんだな、と記号がつく、すると何もかも腑に落ちるから、分かりやすい。

これは「キモい」「無理」と思われないための工夫にもなります。分かってもらう努力をする、あと「分かりにくい」を減らす。

例えばなるべく短めになんでもまとめて伝えるようにする、これも大切ですね。何でも長々と語ると分かりにくい。

情報化社会においては、情報量が多いというだけで「無理」にもなりがちです。

分かりやすいから「キモい」「無理」になりにくい、そういうこともありますね。

例えばオタクだから敬遠されていたけど、自分のハマったジャンルにそのオタクが詳しいと知って、それで打ち解ける、というケースもあるでしょう。それもまたコンテンツを介して「分かる」からです。

オタク特有の早口もまた、情報量が少ないとなかなか何もかも伝えきれないから、というのが多いかと思います。

さらに言えばそれがオタクへの「無理」「キモい」になりやすい理由でもある。先ほども出てきた話です。情報量が多い時点で許容量を超えやすいからです。

だから情報化社会において、「キモい」「無理」は直接伝えるのはイマイチだとしても、無視やスルーは仕方ないところもあります。

SNSでブロックしたりといったことですね。何でも許容していたらパンクしてしまいます。

キモいという言葉は非常に強いです。毒みたいなもんです。なるべく言わないほうがいいとは思う。

けど、でもそれが伝えられないのもそれはそれで、無視やスルーなわけで、鈍感ならそのままになってしまうこともあるでしょう。

それが果たして幸福なのかは割とわかりません。だって毎日お風呂に入ってないから嫌だなあと避けられている人がいたなら、可能ならお風呂に入ってほしいですもんね。

でもみんなスルーしてたら相手もなぜスルーされてるのか理解できないですから。

そこからすると「キモい」「無理」と言われるだけ、伝えてくれて気付けるキッカケがあるだけマシな可能性もあります。

まあヤベー奴ほどそういう時、キモいって言った人を攻撃するだけして、お風呂には相変わらず入らないんですけどね!!

結論。お風呂には入りましょう、以上!!

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