「換気扇@プラハ。」
プラハで恋人と待ち合わせ。
この響きだけで、当時のわたしは鼻歌まじりだった。こんなシチュエーション、人生に一度あるかないかのことである。
遠距離恋愛中の恋人スティーブと、プラハ旧市街地の五つ星ホテルで落ち合う。しかも部屋は勝手にアップグレードされていた。フロントの人が微笑みながら鍵を差し出す。わたしは映画のヒロインだった。少なくともこの時点までは、完全にヒロインだった。
だが神様というのは、女がヒロイン気分になった瞬間を、決して見逃さない。
日中、わたしは調子に乗ってジャンクフードを食べすぎていた。異国の油というのは、なぜあんなに手招きしてくるのか。わたしは招かれるまま、揚げたものを次々と口に入れた。そのツケは、いつも一番払いたくないときに回ってくる。
部屋に入るなり、わたしはヒロインの顔をかなぐり捨ててトイレに駆け込んだ。
五つ星のトイレは、うっとりするほど美しかった。
大理石。金の蛇口。そして、窓がない。
換気扇のスイッチを押した。
無反応。
壊れている。
わたしは大理石の密室で、天を仰いだ。五つ星。アップグレード。換気扇、故障。この三つが並ぶ字面の絶望たるや、もはや一種の詩である。
打つ手を考えた。シャワーを浴びるか。いや、浴びれば湿気が出る。湿気は臭いと手を組んで、部屋中を占領するだろう。わたしはこんなときだけ、驚くほど理路整然としていた。人間の脳は、危機に瀕すると急に賢くなる。使いどころは、完全に間違っているが。
香水は、と考えて思い出した。免税店で買ったジョーマローンがある。しかしスーツケースごと、入り口に置き去りである。駆け込む者に、荷物を選ぶ余裕はない。丸腰であった。
そこへ、ドアの向こうから恋人の声。
ーーーねえ、僕もトイレ行きたいんだけど、早くしてくれる?
終わった、と思った。
再会からまだ十五分。わたしはこれからドア一枚を隔てて、愛する人に、人生でもっとも言いたくない台詞を告げねばならない。
ーーーお腹、くだしてて。
言った。言ってしまった。わたしの女としての尊厳が静かに崩れた。
プラハの夜に、石畳の上ではなく、五つ星ホテルのトイレの中で。
続けて懇願した。ここは今、ちょっとした災害区域だから、どうかロビーのトイレを使ってほしい、と。
すると、彼は言った。
ーーーわかったよ。
なんて優しい人だろう。わたしはその一言で救われた。こういう思いやりのある人と、わたしはこれから人生を歩んでいくのだ。胸をなでおろし、そろそろとトイレを出た。
その瞬間、彼が言った。
ーーーていうか、みんなするものなんだから平気だよ。
いい人だ。
ーーーわざわざロビーとか、面倒くさいし。
そう言って彼は、わたしが今しがた命からがら脱出してきたそのトイレへ、迷いなく入っていった。止める間もなかった。わたしの「やめて!」は、ドアの閉まる音にかき消された。
そして、密室の中から、実に晴れやかな声が響いた。
ーーーくさっ!
平気なんじゃなかったのか。
みんなするものなんじゃなかったのか。
しかも、その言い方に、一片の悪意もなかった。嫌味でもなければ、からかっているわけでもない。ただ目の前の事実を、天気の話でもするように口にしただけ。「今日は雨だね」と同じ温度で、「くさっ!」だったのである。
これがもし意地悪で言ったのなら、まだ救いがあった。怒れるからである。抗議もできるし、なんなら喧嘩もできる。けれど彼には、悪気というものが最初から搭載されていなかった。人を傷つけているという自覚が、まるでない。だから、こちらは怒る場所を見失う。殴りかかった拳が虚空を切る感じである。
わたしがドア越しに削り取られる思いで告白したあの尊厳は、いったい何のために剥がれ落ちたのか。彼はそれを、たった一言、五つ星の湿度とともに踏みつぶした。しかも、踏んだことにすら気づいていない。
わたしはアップグレードされた部屋の中央に、能面のような顔で立ち尽くしていた。窓の外にはプラハの世界遺産が広がっている。橋。城。石畳。何百年も人々の恋を見守ってきた美しい古都。その真ん中で、わたしは女として大切な何かを、トイレに置き忘れてきたのだった。
あれから九年の月日を経て、わたしと彼はいま離婚の手続きの真っ最中である。
理由をひとつに絞ることはできない。人が別れるとき、原因はたいてい積み木のように積み上がっていて、どれか一個のせいにはできないものだ。けれど今になって思い返すと、あの「くさっ!」の中にはあの日から起きることのすべてが、小さく畳んで入っていた気がする。
悪気がない。自覚がない。だから、変わらない。
彼はいつも、空の話をするような顔で、わたしの大切な何かを踏んでいった。そのたびにわたしは、怒る場所を探して、見つけられずに、能面の顔で立ち尽くした。プラハのあの部屋で最初にそうしたように、何度も、何度も。
思えばあれは予告だったのかもしれない。この人はこの先もずっと、こういう人なのだと。
世界遺産の街は、ちゃんと教えてくれていたのだ。わたしがちゃんと聞いていなかっただけで。
追記。
いま思い出したのだがプラハに向かう前日、わたしはダブリンにいた。数年ぶりに再会した友人と、昼から老舗のパブで生牡蠣を食べていた。アイリッシュ・ロックオイスターは、丸々と太って非常にクリーミーな味わいなのだ。それにチュッとレモンを絞って、ギネスで喉に流し込む。浮かれて、たくさん食べた。
つまり、犯人は牡蠣だった可能性が高い。
九年ものあいだ、わたしはあの惨劇を空港に向かう直前に食べた「ジャンクフードのせい」だと信じて疑わなかった。人は、いちばん近くにある真相を案外見落としたまま生きている。
現実というのは推理小説より不親切である。
