【ショートショート】預金通帳
私が財布からカードを取り出していると、すっと後ろから白髪の老人が割り込んできた。
自動ドアが開く。
ちぇっと舌打ちしたい気持ちだったが、ATMの操作など数分のことだろう。私は後ろに並んで待った。
老人は奇妙なことをしている。通帳を機械に読み込ませたのだ。
そういえば、記帳、なんて行為があったな。すっかり忘れていたよ。
私のメイン口座はネット銀行だが、副業先の給与振り込みはゆうちょにしか対応していない。月に一度、給料日に現金を引き出しに来る行為はなんだか儀式めいている。
通帳が出てきた。
やっと私の順番が来るという読みは外れた。
ATMの横にあるカウンターがざわめいている。
「おい、預金通帳の在庫なんてあったっけ」
「探せ探せ」
やがて、若い局員が裏口から飛び出していった。
老人は超然と構えている。
私は戸惑って立ち尽くしていたが、やがて事態を理解した。記帳すべき内容が多すぎて、一冊に収まらなかったのだ。
そういえば、遠い過去にそんなことがあった。
もし本局かどこかに新しい通帳を受け取りに行ったのだとしたら、数十分待つくらいでは埒があかない。
出直すことにした。
翌日、郵便局を訪れると、昨日の老人がまだ同じ格好で立ち尽くしていた。
私は不穏なものを感じ、電車に乗って隣町の郵便局に行った。ここでも、会社帰りらしい女性が固い表情で立ち尽くしていた。
びー、びーと預金額を印字する音が聞こえる。
時間切れだ。
その翌日、早い時刻にもっと遠い町の郵便局に行った。
ATMの前にはまだ誰もいなかった。
よし。
カードを挿入すると、
「出金できません」
という表示が出た。そんなバカな。磁気異常だろうか。
私はカウンターに行って、
「カードが使えないんだけど」
と文句を言った。
顔を真っ赤にした人たちが続々とカウンター前に集まった。
みんな口々に、
「おい。金を出せ」
「オレたちの金だ」
と喚く。
郵便局長が大声を出した。
「お静かにお静かに。トラブルです。サーバの情報がすべて消去されました。この中に貯金通帳をお持ちの方はいらっしゃいますか」
しん、とあたりが静まり返った。
「現在、お客様の貯蓄残高が確認できません。通帳に記入された金額のみ対応させていただきます」
ふたたび怒号が渦巻いた。五十万だぞ、五百万だぞ、三千万だぞ。みんな、お金を持っているなあ。私は五万円だ。金額が恥ずかしいので、そっと郵便局の外に出た。
スマホでメインのネットバンクにログインする。
「その口座は存在しません」
赤い文字でエラーが表示された。
(了)
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