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【ショートショート】息子の部屋

 トーストにかりかりベーコンと目玉焼きとレタスを乗せた朝食を見つめ、
「もう学校いくのヤダ。行かないから」
 と息子が暗い声を出した。
「いったいどうしたのよ」
「イヤなものはイヤなんだ」
 息子は立ち上がると、そのまま自分の部屋にこもり、ガチャッと鍵をかけてしまった。
「あー、学校には連絡しなくていいから。オレ、行くから」
 私は茫然として声も出なかった。いま、息子の体から分離し、子ども部屋に入っていったあれはなんなのだ。目の前のものはほんとに息子なのか。
「気になるの? あいつはいじめられっ子。キャラみたいなもんだから、そのうち消滅するよ」
 息子はがつがつと朝食を食べて学校に出かけていった。
 息子はただのキャラだと言ったが、子ども部屋の引きこもりは、ワンプレートご飯をドアの前に置いておくと空にして返してくるし、ときどきはトイレに行くみたいだし、週に二度廊下に投げられる衣服からは酸っぱい汗の臭いがした。とても肉体がないとは思えない。
「あいつと一緒に寝るのはいやだよ」
 と息子がいうので、寝具一式を買ってやった。彼はリビングで暮らし始めた。
 夫は私のいうことをまったく信じなかったが、子ども部屋でいじめられっ子と喧嘩し、リビングで息子の話を聞いて黙った。でも、あまり家に帰ってこなくなった。
 自分勝手で都合の悪いことは見なかったことにする人だとは思っていたが、これほどだったとは。やがて私の耳にも、夫に愛人というか不倫相手かできたことが聞こえてきた。
 夫を責めると逆上した。
「オレの家を化け物屋敷みたいにしやがった。もう二度と帰ってくるもんか。離婚だ!」
 私も興奮して、
「出ていって!」
 と叫んだ。
 夫は分離して出ていった。
「やれやれ。清清したな」
 と残った夫が晴れやかな顔をした。息子もうれしそうにうなずいた。
 クリーンな息子とクリーンな夫と二年間一緒に暮らした。
 平穏無事だが、なにもない生活。
 私は耐えきれなくなって、夫と息子を前にして宣言した。
「出ていきます。探さないでください」
 ふたりはうなずいた。
「いつかそうなると思っていたよ」
 私は席を立ち、あらかじめ用意しておいたバッグを持って、家を出た。
 私には子ども部屋も、愛人の待っている部屋もない。
 でも、夜の街並みが宝石箱をぶちまけたようにキラキラして見えた。

(了)

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