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ベーグルにある一手間

 ベーグルは茹でてから焼くと知った時、衝撃を受けた。

 え??
 茹でるって、何??

 茹でてから焼く??
 どういう状況??

 言葉で言われた時は全く状況が理解できなかった。そして実際、それを目の当たりにして衝撃を受けた。

 鍋で茹でられる、焼く前のパン生地……。

 まさに晴天の霹靂。それまでの「パンとはこういうものだ」という無意識の固定概念をブッ壊された。

 ドーナツ型に整形して、鉄板に並べて二次発酵させ、さあ焼くぞ!という段階になって、茹でる。

 グラグラ煮立った大鍋に、形が崩れないよう入れていかれるベーグル(生)。生麩みたいなそれがぷかぷか煮えたぎる鍋に浮かんでいる。しばらくしてしっくり返し、反対側も茹でる。

 ドーナツを油で揚げてるのではない。ベーグルの焼く前の生地を「茹でている」のだ。ドーナツを揚げてるのではないので、別に色が変わってひっくり返し時がわかる訳じゃない。プロならその返し時がわかるのかもしれないが、素人にはよくわからない。なんとなく適当に茹だっただろうでひっくり返す。
 茹でると表面がてかてかツヤツヤする。でもそれがベーグルにとって最適な茹で加減なのかよくわからないまま再び鉄板に乗せ、オーブンで焼き上げる。

 けれどこの時点でもまだ、現実を受け入れられない。

 え??
 茹でて焼く??

 今のでちゃんと茹だった??
 というか茹でるって何??
 なんで焼くパンを茹でる??

 焼こうとしているのにお湯に浸す意味は??
 生地が溶けてビシャビシャになったりはしなかったけど、これでいいの??

 というか??
 茹でるだけでベーグルになるの??
 別に他のパン生地とほぼ変わらないけど??

 え??茹でるだけ??
 茹でるだけでベーグルになるの??

 パンに対する固定概念を壊された今。自分の何を信じればいいのかわからないまま、ベーグルが焼きあがるのを待つ。

 普通のパンと同様にいい香りがし始める。

 それを嗅ぎながらベーグルを茹でた鍋を片付け、また混乱する。
 焼きたてのパンの匂いに包まれ幸せに浸るというより、狐につままれたような混乱状態。

 ゆ、茹でたな……。
 単にパン生地、茹でたな……。
 思ったより普通に茹でられたけど……。

 え??
 パンて茹でるもの??

 茹でたらパンじゃなくないか??
 うどん??

 でも焼いてるし……。
 パンの匂いがしてるし……。

 焼き上がったパンをオーブンから取り出す。見てくれはベーグルだ。お店で売っている、あのなんとなくつるんとした感じの見た目にちゃんとなっている。
 けれど問題は食感だ。見た目なんてどうとでもなる。ほぼ他のパンと変わらない生地を「茹でた」だけだ。それだけで、あのもちもちしたベーグルになるのだろうか??

 ぐるぐる混乱状態。とにかく食べてみる。

「……ベーグルだ。」

 よくわからないが、本当にベーグルができた。謎の「茹でる」という工程を足しただけなのに、他のパンと変わらない生地がベーグルになった。
 ベーグル。美味しいけどなんでちょっと割高なんだろうと思っていた。でも「茹でる」工程を考えれば当然のお値段だ。家でちょっと作るならともかく、店舗に並べるだけの数を、焼く前に「茹でる」のだとしたら、かなり大変だ。しかも発酵してぷかぷか浮くのだ。あの大きさのものが浮かんでいるのだから、数を一気にこなせる訳じゃない。

 美味しいものには手間がある。
 お値段には理由がある。

 それにしても、誰が「よし!焼く前に茹でてみよう!」なんて思いついたのだろう?

 ベーグル。

 他と材料は変わらないのに、ちょっとした事で特別な個性を持ったパン。
 パン生地を茹でて焼く。多分、私がパン屋だったら思いつけない発想だっただろう。

 自分の「こうだ」なんて思い込みは、とても小さくて取るに足らない。その外側に、きっとたくさん面白いことがある。

 もちもちしたベーグルは、私にそんな事を教えてくれた。

 でもやはり、大鍋で茹でられるパン生地の衝撃は凄かった。衝撃映像だったし、自分が何をしているのかよくわからず、始終混乱していた。ただ「茹でる」だけでベーグルになると知ってからは、パンを作る際は何個かベーグルにするようになって、それはそれで楽しい思い出である。

 思い込みを捨てること。
 面倒かもしれないけれど、一手間加えること。

 たったそれだけの事で、予想もしなかった何かが生まれる。

 だから何事にもそれを惜しんではいけないのだと、ベーグルを噛み締める度に思うのだ。

#風まかせ文芸部
#焼きたてのパン

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付加豆美 口下手の為ご無礼ながらコメント・コメント返しをする事が殆どありません。全ては作品に込めます。力量が足りない事が多いですがご了承頂けますと幸いです。