世界共通?クッキー缶が裁縫箱として第二の人生を生きている
日本の実家にも、
いま暮らしているシドニーの家にも、
同じ缶がある。
あの青いやつ。
バタークッキーが入っていた缶。
用途も「裁縫箱」という点で一致している。

クッキーは入っていない。
糸と針と、なぜか増え続けるボタンが入っている。
国が変わっても、中身が同じってどういうことなんだろう。
グローバル化ってこういうこと?
クッキー缶、裁縫箱としての才能がある

あの缶、やたら優秀。
丈夫でへこみにくい
フタがちゃんと閉まる
サイズが絶妙(糸・針・ボタンがぴったり収まる)
「裁縫箱として使ってください」と言わんばかりの完成度。
プラスチックケースより長生きするし、
気づけば10年選手どころか世代をまたいでいる。
「捨てるには惜しい」が世界をつなぐ

クッキー缶が裁縫箱として第二の人生を歩む理由は、
捨てるには惜しい。
という「もったいない精神」もあると思う。
人は「ちょうどいい箱」を手に入れると、とりあえず何かを入れたくなる。
そして選ばれるのが、行き場のない小物たち。
糸、針、ボタン。
小さい、散らばる、でもたまに必要。
そこにちょうどいいサイズのクッキー缶があったら、裁縫箱にしてしまうのが世界共通の行動なのかもしれない。
一度そのポジションに就くと、もう動かない。
まさかの終身雇用。
世界共通の「あるある」として完成
たぶん最初にこれをやった人は、そんなに深く考えていない。
「とりあえず入れとくか」くらいのテンションだったはずだ。
でもその「とりあえず」が、なぜか世界中で再現されている。
日本でも、オーストラリアでも、たぶんどこでも。
同じ缶に、同じような中身。
これは文化というより「人類あるある」
そして、
「どこで暮らしても変わらないものがある」
ということを教えてくる存在でもある。
裁縫箱にするならどのクッキー缶がいいか?という視点でクッキーを選んでみたら、私はこの「ちいかわクッキー」がほしい。
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