ひとつの仕事に「すべて」を求めてはならない
ワシントン大学の日本人留学生としゃべったときの話。
ワシントン大学というのはシアトルにある名門大学のことで(シアトルがワシントン州の中にあるからこの名前なわけだけど)全米でもトップ大学のひとつ。シアトルはマイクロソフトやアマゾンの本社がある街なので、そういったテクノロジー企業で活躍する卒業生を毎年たくさん輩出している大学だ。ぼくが今働いている米GAFAMの同僚にもワシントン大学の卒業生は大勢いる。
日本人の留学生もチラホラいる。ぼくは縁あってその中のひとりの学生と知り合い、キャリアに関する相談を受けることになった。
にんじんさんの話
日曜日の昼下がり。シアトルのダウンタウンのカフェで待っていると彼女はやってきた。日本の証券会社で投資銀行部門で働いていた人で、いわゆるバリキャリに入る女性。まだ20代なのに妙に落ち着いているのは、一通り仕事をやってきて酸いも甘いも経験したからだろう。ここでは彼女のことを(特段理由はないけれど)にんじんさんと呼ぶことにしよう。
にんじんさんは仕事を辞めてワシントン大学に留学している。日本でやっていた投資銀行の仕事は超激務だったようで毎日深夜まで働き詰めた末に燃え尽きたようだ。今は仕事をとりあえず辞めて留学しているとのこと。大学に通いながら次のステップを考えているという話だった。
アメリカで働くということを視野に入れているため、ぼくはたくさんの質問を受けることになった。にんじんさんは日本に戻れる職場がないということもあってか、とても真剣な眼差しで矢継ぎ早に質問してきた。「シアトルでの仕事はどうですか?」とか「プロダクトマネージャーって普段どんなことをやってるんですか?」とか。
話を聞いていくうちにどうやらにんじんさんは次の仕事に様々なことを求めているようだった。ざっと挙げるとこんな感じだろうか。
・クリエイティブな要素がある(なにかを新しく作ったりする仕事がいい)
・チームで進める仕事がいい(ひとりで孤独になにかをするのはいやだ)
・前職で培ったファイナンスやデータ分析の知識・経験を活かしたい(そうじゃないとライバルに負けちゃうかも)
・将来的に投資銀行に戻れるパスは残したい(もしかしたら元の業務をやっぱりやりたくなるかもしれないから)
・ワーク・ライフ・バランスがある(もう深夜まで働くことは勘弁)
・高い給料(前職の水準以上は保ちたい)
ふむふむ。どれも納得のいくものだ。にんじんさんが日本でやっていた投資銀行業務は激務な割に「なにかを生む」というクリエイティブさに欠けたり、チームで連携する楽しさに乏しかったりという難点があったそうだ。簡単にいうとにんじんさんは「前職で足りなかった部分を次の仕事でぜんぶ補いたい」と渇望していた。
ひとつの仕事には限界がある
にんじんさんの気持ちはよく理解できる。でも「自分の要望をひとつの職場にすべてを求めるのは土台ムリな話だ」と思った。新卒で就職をするとき、もしくは転職をするときには「なにを満たしてなにを諦めるか」という視点を持っておかないと仕事選びに困るだろう。逆に言えば就職先・転職先を決める際「次の職場・仕事ではこれだけは必ず満たす」と決めておいて、その他の条件は柔軟にしておけば比較的スムーズに事が進むのではないだろうか?期待値を限定的に設定することで新しい仕事に就いたあとの失望も抑えられるんじゃないか。
ぼくは大学を卒業して日本のベンチャー企業で3年半働いたあと、米ビッグテックの日本オフィスで6年仕事をし、そのあとシアトルに渡って米国本社で働くようになってから3年が経つというところだ。にんじんさんは転職の経験がなかったようだけど、ぼくはこれまでのキャリアで何回か職場を変えている。にんじんさんの目にはぼくが「転職をする度に満たす条件が増えている」という風に映っている節があった。
でも実際のところはそうでもない。日本のベンチャーで働いていた時にも「これは満たせられるけれどこれは諦めないといけない」と心得ていたことがあったし、今働いているアメリカ本社でも「求められること」および「求められないこと」が両方ある。もう少し詳しく書いてみよう。
ITベンチャー
まずぼくが日本のITベンチャー企業に新卒で就職した時の話。「得るもの」「失うもの」についてはざっと以下の感じで考えていた。ぼくが入社したベンチャー企業は当時マザーズ市場(今でいうグロース市場)に上場したばかりで東証一部上場を目指すイケイケのベンチャー企業だった。
得るもの
・経営者と極めて近い距離で働くことができる
・新規事業などの刺激的な仕事を若いうちからすることが出来る
・プロダクト開発の仕事をじっくりやることが出来る
諦めるもの
・グローバルに働く(海外駐在や出張など)
・高い待遇(給料 etc.)
将来的にアメリカ西海岸のテクノロジーの本場には行きたいと思っていたので、本当はすぐにでもアメリカに行きたいとは思っていた。でもアメリカの大学を出ているわけでもないしエンジニアとしての学位があるわけでもないので、ぼくにとっていきなりアメリカで働くということはさすがにムリのある選択肢だった。ビザがないとそもそもアメリカでは働けないし、ビザを得られる有効な手立てもなかった。
それを踏まえてぼくは「とりあえずITベンチャー企業でガッツリ修行をしながら仕事とテクノロジーの基本を学ぼう」と考えた。クラシックな日本企業ではなくベンチャーを選ぶことで経営者や野望に燃えた若い社員とバリバリ働くことを求めた。ぼくが選んだベンチャー企業は技術に強い会社だったので、テクノロジーやプロダクト開発の知見も蓄積できるという目論見もあった。
代わりにひとまず海外で働くことや高い給料みたいなものは諦めた。リスクのある決断ではあったけれど、やっぱりちゃんとリスクテイクしないと飛躍というものは出来ないものだと思っていた。
米ビッグテック
では今度はアメリカで働く上で「得るもの」「諦めるもの」はどのように考えているか。ぼくは大学生から「いつかテクノロジーの本場であるアメリカ西海岸でプロダクト開発の仕事がしたい」と思っていたので、今の仕事は「夢の仕事」と言える。それでもやっぱり得られるもの・失うものは両方ある。
得るもの
・グローバルなプロダクト開発 (プロダクトを作って世界に展開する)
・世界中から集まった一流の人材(エンジニア、デザイナー など)と仕事をする
・高待遇
諦めるもの
・スタートアップのような迅速な開発環境
・システムやルールに基づく仕事の進め方
アメリカはやっぱりプロダクト開発の仕事をする上では半端なく良い。グローバルに仕事は出来るし(現時点で20カ国以上に向けてプロダクトをリリース・維持している)、待遇もはっきり言って良い(現金でいただく給料は日本にいた時と比べて倍になった)。詳細は以下の記事に書いたのでそちらに譲りますが、想定した以上に得られるものはあったと言っていいと思う。
その一方でやはり大きな会社になってしまったので図体が大きく動きが鈍いなと思う点はたくさんある。一つのプロジェクトを動かすのに何人もの偉い人から承認を得ないといけないし、多くの社員を管理するためにはどうしても複雑なルール・システムが導入される。ベンチャーでキャリアの初期を築いてきた人間としては「遅いな」とか「じれったいな」と思うことは正直たくさんある。
でもこれは大きい会社だからそうすべきなのだと認識している。何千万人もユーザーがいるのにコロコロとプロダクトの仕様を変えてしまっては甚大な被害をもたらすこともあるだろう。責任が大きい分、リスクを最小限に抑えるべくレビュー・承認のプロセスがきちっとあるべきだし、社員はシステム・ルールに則って仕事をするのが筋だと思う。
だからぼくは「これはこれでいい」と納得している。自分の中で「なにを求め、なにを諦めるか」をクリアにしておけば仕事や職場に対して変にガッカリしたりせず、得るものに対して感謝が出来るはずだ。
なにかを得ればなにかを失うように出来ている
完璧な会社や仕事なんてない。だから目の前の仕事に「なにを得ようとして、なにだったら失ってもいいか」をちゃんと天秤にかけて考えた上で受け入れることが大事だと思う。ひとつの仕事に「すべて」を求めてはならないのだ。
にんじんさんにこの話をしたところ「次の仕事を決める上で参考になった」と言ってもらえて嬉しかった。でもぼくはぜんぜん偉そうなことは言えなくてやっぱり新しい仕事・職場を選ぶ時はどうしても「求めすぎ」になっちゃうものだよな…とつくづく思ったのでした。

今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。
シアトルのダウンタウンにて。夜景を眺めながら。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!
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きっとおもしろいこと書きますので!