大切な人が亡くなった日
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
本日、7月12日の真夜中、
父が旅立ちました。
これまでわたしは、みなさんを
楽しませたい、笑わせたい、
と思っていたので、
SNSでは、楽しい話や、お役立ち情報などを
投稿するようにしていました。
でも、わたしは、人を楽しませたいのも
あるけど、 根本的には、
わたしの人生そのものを
みなさんと共有したい、
と思っているようなので、
キャッキャした話ばかりでなく、
このような話も書いてみようと思います。
本当に今日亡くなったばかりなので、
お通夜は明日、
お葬式は明後日、
という状況です。
父は、昔から、ガンをはじめとする
さまざまな病気にかかってきました。
でも、なんとかかんとか
すべて乗り越えてきました。
ですが、昨年あたりからは、
高齢のため、かなり体調を崩し、
何度も危ないことがありました。
それでも、なぜか毎回復活していたのですが、
高齢による体力の衰えには
耐えるのが難しくなってきたようで、
本日、92年間の人生の幕を閉じました。
わたしは、ここ数週間は、
岡山の実家に戻っており、
昨夜は、「今度こそ最期かな」と
医師に言われていたため、
病院に泊まっていました。
なので、父の最期を看とることができました。
母はいったん家に帰っており、
看護師さんたちは「先生を呼んできます」
といって立ち去っていたので、
父がおそらく息を引きとった瞬間に
立ち会ったのは、わたしだけでした。
人が亡くなる瞬間を見たのは
初めてかもしれません。
これは、「父が亡くなったことが
ショック」というより、
結構大きな意味で衝撃的でした。
父は何度も危ない状態と復活を
繰り返していたので、母もわたしも
心の準備ができており、
泣くことはありませんでした。
でも、大きな衝撃を受けました。
父は、本当にギリギリの容態で、
何ヶ月もがんばり続け、
さらには心臓が止まったであろう後も
だいぶ長い間、心臓の電気信号は
出続けており、
医師も驚くぐらいでした。
そんな父の「生に対する執念」を見て
「父は何か心残りなことが
あったのだろうか?」
とずっと思っています。
そして、
「わたしは、せっかく生きているのに、
この命を輝かせて生きようと
生きることに対して、
貪欲になれているだろうか」
と。
父の生き様は、
わたしが自分の生き様を見つめ直す
きっかけとなりました。
わたしは、今生きている。
その命を生ききれているか。
Thank you for reading. See you next time.
