ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』 LGBTQがいかに隠されて悲劇的に描かれてきたか

セルロイド・クローゼット(1995年製作の映画) THE CELLULOID CLOSET
製作国:アメリカ
監督 ロブ・エプスタイン ジェフリー・フリードマン
脚本 ロブ・エプスタイン ジェフリー・フリードマン アーミステッド・モーピン シャロン・ウッド
出演者 トム・ハンクス ウーピー・ゴールドバーグ トニー・カーティス スーザン・サランドン アントニオ・ファーガス
◼️原作
アメリカのLGBT活動家ヴィト・ルッソの著作『セルロイド・クローゼット』(1981)を元にしたドキュメンタリー映画。
6月から4Kやるってよ!
古いフィルムがどれほどクリアに観れるんだろう。
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◼️暗示と描き方
前半はヘイズコードによって同性愛表現が〝自主〟規制されていた中で、制作者がいかに映画内に同性愛イメージを暗示してきたか。
後半はヘイズコードが無力化して同性愛が描かれ始めたものの、その描き方がいかに差別を助長・固定化するものだったか。
を膨大なフィルムとインタビューで描いていく。
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◼️ヘイズコードとは
1937年に導入されたヘイズコードによって〝不道徳〟とされる描写が映画から〝自主規制〟によって消されようとしていた。
〝自主規制〟されたのは以下の点、
⚫︎冒涜的な言葉
⚫︎好色もしくは挑発的なヌード(シルエットのみも含む)または作品内のほかの登場人物による好色なアピール
⚫︎薬物の違法取引
⚫︎性的倒錯
⚫︎白人奴隷を扱った取引
⚫︎異人種間混交(特に白人と黒人が性的関係を結ぶこと)
⚫︎性衛生学および性病ネタ
⚫︎出産シーン(シルエットのみの場合も含む)
⚫︎子どもの性器露出シーン
⚫︎聖職者を笑いものにすること
⚫︎人種・国家・宗教に対する悪意を持った攻撃
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上記で言うとセクシュアルマイノリティは性的倒錯のカテゴリーに入るとされたのでしょう。
1950年頃からヘイズコードは威力をなくし、1968年には廃止。
年齢で区分するレーティングシステムが導入されて現在も続いている。
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規制されたってことはそれまでは描かれていたってことにもなる。
1927年の『つばさ』での男性同士のキスは勢い余って唇がぶつかったんじゃなくて意図的だったんですね。
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ヘイズコード下で規制されていた時には、
同性同士のセックスシーンはカットされたし、
キャラクターが同性愛者であることを明示できなかった。
原作小説ではゲイの人物だとしても映画では明示されない。
そこで映画制作者は言外で〝現実世界にも存在する同性愛のキャラですよぉ〟というのを、コツコツと暗示してきた。
というのを検証するのがこのドキュメンタリー。
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◼️まずはイギリス映画が一歩進んだ
1961年まずイギリス映画がゲイを取り上げた。
同性愛者だと明示してさらに共感的に描いた初のイギリス映画。『victim』(1961)。
ハリウッド映画『噂の二人』 (1961)では、
オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーンのカップル。
こちらはかなり悲劇的に描いている。
シャーリー・マクレーンがインタビューに登場し「当時はこのテーマの深刻さを理解していなかった」と反省の弁を語っている。
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◼️不幸で自滅的で絶望的なイメージへ
ヘイズコードから自由になり、
同性愛を描きはじめてはいたが、
その描き方はとても〝不幸で自滅的で絶望的なイメージ〟だった。
もしくはお笑いネタとしての消費。
こうした描き方は当事者たちに「自分は愛されない存在」だと思い知らせるものだった。
同性愛者のキャラは悲惨な結末を迎えるものばかり。
セクシュアルマイノリティは苦しんで当然、
日陰を歩いて当然だと
〝映画〟は何十年も観客に伝え続けてきてしまった。
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1970年『真夜中のパーティ』登場。
「ホモ(原文ママ)が自殺するとは限らない」
ゲイキャラ9人が誰一人死なない結末が新しかった。
(でもあんまり幸せそうな人は出てこない…)
「自分をこんなに嫌わずに生きられたら…」
まだ同性愛は精神病だとも考えられていた。
WHO(世界保健機関)が同性愛を精神疾患のリストから除外したのはやっとこさ1990年。
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「黒人はゲイでも許された。白人がゲイを演じるよりも」
『質屋』(1964)でもゲイ役は黒人だった。
「楽しく映画を見てるとゲイと思しきキャラが出てくる。
殺人鬼か暴漢だ。観客は笑う。
主人公が現れてゲイを殺し、観客は興奮する。」
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『メイキングラブ』(1982)
カミングアウトというテーマ、そしてカミングアウトが結婚生活に及ぼす影響を扱った最初の主流ハリウッド映画ドラマと言われている。
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『プライド・グリーン・トマト』の謎が解けた!
原作にはあった同性愛要素を意図的に消してたんだ。。ゲロゲロ〜。
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1993年『フィラデルフィア』
エイズに罹患したゲイが主役だが、トム・ハンクスが演じたら〝安心して見られる〟。
「いい映画だけど何も証明しなかった。ゲイキャラクターが苦しんで死んでしまった」
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「学校で読まされる図書は異性間の愛の物語ばかり。」
昔から存在した人たちのことを映画は描き始めた。
「映画は無視できない。夢の番人だもの。一方で人を歪めることもできてしまう」
『羊たちの沈黙』での異性装の連続殺人犯。
『氷の微笑』のバイセクシュアルの殺人犯。
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◼️映画内での差別発言
で、
悪いけどこのドキュメンタリー自体が1995年のもので古い。いまから30年前の映画だもの。
インタビューでイギリスの作家クエンティン・クリスプが
「多くの人がゲイに恐怖と嫌悪感を感じるのは、男同士が〝する〟行為をつい想像してしまうから。」みたいことをのびのびと話している。
せめて「これは間違った考え」とか言ってくれればいいのに何もない。
結構な差別発言だと思うし
調べてみると彼はゲイアンコンであると同時にゲイ活動家から非難を浴びることもあったそう。
勝手に他人のセックスを想像して
勝手に恐怖を感じて嫌悪して
差別の口実にしてることを
ゲイの論客みたいな人がお墨付きを与えているようで大変不快。
あと、インタビューで
同性同士のキスシーンについて製作者や俳優たちが
「あのキスは性欲ではなく人間愛」と言い訳みたいなことは異口同音で何人かが言う。
なぜいちいち「性欲ではなく人間愛」と主張しなきゃいけないのか。
ならば「このキスは性欲ではなく人間愛」と登場人物にセリフで言わせればいい。
余地を残す描き方をしておいて後で同性愛の可能性をばっさり切り落とすのは残酷。
この傑作ドキュメンタリー映画も30年の劣化は否めないことを認めつつ、
資料性の高さや
30年経った今でも残っている差別表現についてクリアに語ったものとして
とても有意義であることには違いはないが。
