今、あえて「手書き」で自己紹介をする
山吹と申します。
突然ですが…

#手書きの文字はその人の性格や特性を端的に表していると言われています
…というタグがあります。
しかし年賀状はおろか、社内のメモすらチャットへと移り変わる現代。
私たちは日に日に「手書き」する機会を失っていくような気がしています。

タブレットでも手書きが出来てしまうので、
私も最近は基本的にデジタルで創作をするばかりです。(実際かなり便利)
しかし…アナログの「手書き」でしか伝わらない魅力を忘れてしまってはいないでしょうか?

道端の看板に書かれている文字にしても、

なんだか不服そうなダルマのイラストにしても、
やはりアナログの「手書き」だからこそ伝わる何かがあると思うのです。
コスパやらタイパやらDXやらAIやらと業務効率化が求められる今ですが…
自己紹介、つまり性格や特性を表す時には「手書き」だからこそ伝わるものがあるのではないでしょうか?
「手書き」から、本当に性格や特性は見えてくるのか?
…気になります。
ということで、残っている自分のアナログ「手書き」のみをピックアップしながら検証してみたいと思います。
ということで、実家や友人、バックアップから掻き集められるだけ「手書き」(「手描き」含む)を掻き集めてきました。

一種のフリップ芸だと思ってもらっても大丈夫です。
果たして、手書きを使った自己紹介で、本当に性格や特性が伝わるのか?
それでは時系列順に、どうぞ。
〜大学生
実際問題、社会人になってからは公私ともにデジタル化を推進してきたため
中々アナログ手書きの素材が見つかりませんでした。
ということで、かろうじて見つけてきた大学時代の手書き資料から振り返ります。

一応、大学ノートには手書きの学習メモが残されていました。
多少のマメさが垣間見えて一安心。

謎のラクガキまみれのホワイトボード。
企画コンペの提出のために夜な夜な談論を重ねていた思い出もありますが…

ウィトルウィウス的人体図先輩を描けるくらいの余裕はあったようです。

ちゃんとTV番組の温泉シーン的な配慮をする余裕もあったみたいです。

いや、余裕とかじゃないですね。現実逃避してた気がします。インクの無駄遣いすな。

平成から令和になるタイミングでは、しっくりこなかったのか(?)何度も書き連ねているページが。
そこまでして時代に溶け込みたかったのか。

当時、流行っていたミームも手書きで書き連ねられると狂気を感じますね。
元々のフォントとは違った迫力があります。

ちなみに本来は、こういう使い方をします。
難読漢字が好きすぎる。

かと思えば、ゆるっとしたラクガキもありました。
ライター・イラストレーターとしての活動を始めようとするも、
まだ画風が定まりきってない優柔不断さが見てとれますね。

大学生と言えば、初めての一人暮らし。
うっかりやな性格で慣れない生活に四苦八苦した筆跡も残っていました。

家族からの仕送りにも、手書きのメッセージ。
…こういうのって、やっぱり何だかジーンと来ちゃいますよね。
〜高校生

ダメだ。落差が酷い。高校以前のイラストはエネルギッシュすぎる。

受験に向けてストレス溜まってたのかな。
こういうイラストばっかりだったら良いんだけど…

こういう支離滅裂なラクガキがあるかと思えば、

ゆるふわ系のイラストもあったり、

黒板を占拠して授業をネタにラクガキしてたりしていました。
情緒不安定?

この頃ハマっていたのが週刊少年ジャンプの巻末読者応募4コマコーナー。
ハガキ職人として、あらゆる物事に好奇心を持って生きていたのかもしれません。

なぜか「円周率を暗唱したい」と思い立った男子高校生。
寝る前に80桁の円周率を数えていたという、不気味な一面もあったみたいです。

不気味といえば、理系コースの研究課題で東大大学院の入試問題に興味を持って解法を応用したり発展させていたのですが、当時のメモも今の僕には解読できません。

当時、生徒会長をしていたので演説について思いの丈を綴っていたり

哲学者を吸い込んだであろうカービィが何か言ってたり

昨晩のことを後悔してるアンパンマンとカイジが共存してたり

数学プリントの端に「頑として泣かない赤ちゃん」がいたりしました。
多感な時期というやつが、ラクガキの多様性をもたらしたのでしょうか。
〜中学生

中学生の頃はオリジナルのボドゲ制作にハマっていました。
皆さんも作りませんでしたか?「地獄すごろく」。

1マス1マス手書きで凝ったネタを敷き詰めている。
創作意欲の権化。

こちらは「すごろく×カードゲーム」。
サイコロでコマを進めつつ、手札カードの効果も使えるのですが…

完全に中学生ノリ。
でも、手書きなので謎の愛着が湧くんですよね。

こんな感じで、友人や親戚と遊びながら
ざっと100枚くらいのオリジナルカードが増えていったのですが…

あまりに強いカードは「STOPマン」というカードで無効化する攻防や

「STOPマン」の効果を無効化する「スパイSTOPマン」が登場したり、

こういう「エナリンク」みたいな合体カードも出てきたりして、
遊びながらルールも増えていくのでゲームバランスは正直滅茶苦茶でした。

鬼畜双六、なんてものも。
挙げるとキリがないのですが、とにかく手書きでゲームを作ると情報量がマシマシになる性格なのは分かりました。

こちらは進撃の巨人をモチーフにした手書き迷路。細かすぎる。
やはり、手書きだと「書けるだけ書いてやろう!」ってなっちゃうタイプのようです。

日記も基本的に全ての行を埋めるようにしてたんですが
珍しく筆ペン使ってると思ったら厨二病が爆発してました。

ちなみに中二当時の絵。これはチョッパーを描いていたらしいです。
思春期の手書きは感性が尖りがち。
〜小学生

文集には小学生らしく拙い自己紹介も。
骨折は3回していたみたいです。やんちゃな性格。

ポケモンの2コマ漫画や、オリジナルの技も考えてたみたいです。
ボボボーボ・ボーボボに影響を受けすぎている。

ポケモンのライバルに名前をつける前に、候補をルーズリーフに埋め尽くしてみたり

怪文書かと思ったら、「目指せポケモンマスター」を漢字で書き綴っていていたり。
どちらにしても怖い。

初期の双六。運動コースがあったり「死」があったり忙しい。
「絶体絶命でんぢゃらすじーさん」に小学生らしさを感じます。

「いいぜ ドリアンのことなら俺に任せな」と言っています。
これはマジで何故??????

ドラえもんパロディの細かすぎる漫画。
小学生にしては達観しすぎている詩。

未だに残っている、手作り感満載の万年カレンダー。
この頃から工作も好きだったようです。
こちらは動画にて。
赤シートを使って五十音表に対応する暗号を作っていたようで、謎解き好きの片鱗が垣間見えます。

最後に、現存する最古の手書き作品。
やっぱりプレゼントって手書きの方が暖かみが生まれますね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
やはり、「手書き」でこそ伝わる性格や特徴が所々に感じられたのではないでしょうか。

こそばゆい気持ちもしたけれど、やっぱり「手書き」って楽しい。
そんなことを思い出して、久々に追加カードを描いたりもしました。

AIを使ってイメージを生成することも増えましたが、やはり手描きにしか出せない趣きもありますよね。

ちなみに、実家で発掘された「手書き」で最も古かったのがコチラ。
祖父が1955年に制作したと思われる”近代無銭旅行”の冊子。

(私は不真面目だった気もしますが)
年月を経た手書き、味わい深いですね。
祖父の生真面目な性格だけでなく、
「生きていた」という感触が確かに伝わります。
デジタルが当たり前になった今だからこそ
「手書き」には、その人らしさや温かみ
AIには真似できない唯一無二の価値がある――
そんな「手書き」の魅力を自己紹介に取り入れてみるのはいかがでしょうか。

現場からは以上です。
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