読書アドベントカレンダー#1 『一億年のテレスコープ』
①企画趣旨
アドベントカレンダーにかこつけてたくさん投稿したい!!!
そんなわけで、本日からクリスマスまでの25日間、読書感想文を毎日投稿していきます。といっても、毎日1冊読み終えて感想文を書くなんて不可能なので、今年読んだ本の中で特に良かったものを、当時の感想文とともに振り返っていくことにします。
②本日の一冊
本日の一冊は『一億年のテレスコープ / 春暮康一(早川書房)』。読書会でおすすめされ、年末年始に実家で一気読みしました。
これはもう、ほんっとうに良いタイミングで出会えたな~と思う一冊。というのも、2025年の始めは仕事がかなり忙しくて、長編を読む体力がみるみる失われていた頃。そのため長期休暇中に読んでいなければ、おそらく今なお積読として本棚で埃をかぶり続けていたと思われるのです。こんな傑作を読み逃すなんて、とんでもないことだよ。
それで、改めて読み返してやっぱり素晴らしく思うのは、物語の根幹が「とおくをみる」点にあること。時間的にも、空間的にもとんでもないスケールで描かれるハードSFの核が、一個人の朴訥な憧れにあるというのは、ロマン以外の何物でもなく、そのギャップに今でも心を動かされます。やっぱり「あこがれは止められねぇんだ」なあって、その制限不可能な好奇心にわくわくするんだなあって、しみじみ感じ入った次第です。
それにしても名前というのは不思議なもので、ときには自分の思考の中心とか出発点になったりする。本当かどうかはともかく、自分の名前の由来をいちおう知ったぼくは、その後も誰かに名前を呼ばれると、毎回ではないにせよこんなふうに考えるようになった───望。そう、ぼくの名前は望。とおくをみる望。
それでは以下、当時の感想文になります。
③当時の感想文(2025.1.2)
新年一冊目から、言葉にならない……。これほどまでに自身の語彙のなさを恨めしく思ったことはない。それほどまでに本作はあまりにも圧倒的で、人間の根源的な欲求と感性に訴えかけてくる情動がある。少し飛躍した考えになるが、私が読書をする理由も、「遠くに行きたい・見たい」に基づくもののように思えてくる。そのくらい、本作の持つ力は凄まじい。
まず何と言っても、その壮大なストーリーに心を奪われる。「遠くに行き、見ること」とそれに伴う「異星人・他文明とのコンタクトの是非」というテーマに対して、一億、いやそれ以上の時間をかけて答えを見出す。ロードムービーとしてのロマンがあるのはもちろんのこと、ぼかさず明確に回答されているところが読後の気持ち良さを支えていると言える。
それから、未知を喰らいつくした文明が自ら滅亡の道を辿ろうとしているのも、生命の存在意義を考えさせられるようで面白い。何万光年の宇宙を旅しようとも、最終的には「話し相手」を求めるというところに、壮大さと素朴さが入り混じっていて、お話教信者の私としてはかなり味わい深い。
加えて、構成の妙にも目を引かれる。個人的には、設定やストーリーよりも腕があるように感じられる。というのも、本作では、プロローグとエピローグを遠過去と遠未来という形で、本編中として描いているのだ。こうすることで、本来であれば全体の7、8割のところで展開される物語の1番美味しい部分を、最後の最後まで取っておける。実際、最後までチョコたっぷりなトッポ的作品であったことは言うまでもない。
さらにこの構成は、主人公である望の人生そのものを表しているとも言える。遠過去、現在、遠未来に渡る全てに望は存在していて、多少の時間差はあれど、それらは全て同時並行的に存在している。表題の示す通り、全ての時間と空間が望遠鏡としてひとつなぎになっているのだ。だからこそ、遠過去、現在、遠未来の物語を順繰りに語ると、時空間的に一つの方向が生まれてしまい、ひとつなぎの物語ではなくなってしまう。同時並行的に進むからこそ、終章(第九部)で「環が閉じる」ことを可能にしているのだ。
このように、ストーリーと構成がぴったりと合致することで相乗効果を生み出し、本作を唯一無二の作品たらしめている。異星人を始めとした各種設定の作りこみ含め、SFとしても、純文学としても非の打ち所がない作品と言っても決して過言ではないだろう。普段から軽々しく使ってしまうのだが、本作に関しては間違いなく傑作である。
~余談~
この作品、感想書くのがむっずい!!!!!!
「すごい……すごいよぉ……」くらいしか言うことがないんだもん!!!!!!
筆力向上したいな!!!!!!
最後までお読みいただきありがとうございました!!!
また明日~🎅
